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2009.11.24UP

飛び出す映画と、匂いつき映画

今年も残り少なくなってきたが、映画界では2009年を[3D映画元年]と位置付けた。年末公開のジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が最大の目玉作品といわれて久しいが、すでに何本もの3D映画が公開済みで、元年ムードを盛り上げようとしている。

新奇なものに目がない僕はこれまでもIMAXの3Dを含め、「センター・オブ・ジ・アース」とか「U2 3D」なども観て、デジタル3Dという3D映画の最新技術の威力をまざまざと実感させられた。

そして先日、久しぶりに観た3D映画が「Disney's クリスマス・キャロル」だ。これまで観てきた3D映画のような実写ものではなくてアニメ、しかも日本語吹き替え版という点には抵抗を感じたが......

それはともかくとして、映像の立体感はますます洗練され、成熟を感じさせるものになっている。むやみやたらに何かが飛び出してくるという子供っぽいギミックを抑えて、むしろ画面の奥行きを重視したと思えるロバート・ゼメキス監督の意図に好感を抱いた。

たとえば、主人公のスクルージのオフィスのシーンでは前景に人物、中景に壁と窓、そして後景には窓の外の町並みがくっきりと距離感を持って描き出されていくのである。

チャールズ・ディケンズの原作はよく知られているので、ここで内容の紹介は無用であろう。その代わり最も印象的だったシーン紹介したい。クリスマス・イヴのディナーのテーブルに七面鳥の丸焼きが登場するとき、画面から目の前に差し出されたその七面鳥のあまりにリアルな感触に、僕は思わず香ばしいおいしそうな料理の匂いを嗅いだような錯覚を覚えたのだ!

Disney'sクリスマス・キャロル © 2009 DISNEY ENTERPRISES, INC. and IMAGEMOVERS DIGITAL, LLC 2009年11月14日(土)より全国公開

『Disney'sクリスマス・キャロル』 © Disney Enterprises, Inc. All rights reserved.
2009年11月14日(土)より全国公開
http://www.disney.co.jp/

さて、実はここからが本題なのだが、目の前の七面鳥から匂いが立ち上ったら楽しいだろうな、と思ってしまった理由は簡単で、ごく最近「匂いの人類学 鼻は知っている」という本を興味深く読んだばかりだったからである。

匂いの人類学 鼻は知っている

エイヴリー・ギルバート『匂いの人類学 鼻は知っている』(ランダムハウス講談社)

著者のエイヴリー・ギルバートは心理学者であると同時に嗅覚専門の認知科学者でもあり、
この本は匂いや嗅覚のトピックを論じた科学ノンフィクションである。随所にポップ・カルチャー的エッセンスを散りばめてあるところが大きな魅力で、とりわけ[匂いつき映画の盛衰]をたどる<ハリウッドの精神物理学>と題された章は全巻中の白眉、といいたくなる面白さ!

匂いつき映画という発想は、ハリウッド史上最も無意味で迷惑な[技術的進歩]などと揶揄され、忘れられて久しいが、無声映画の黎明期にすでに最初の試みが行われていた、というから驚きだ。当初は花や果物の香りの管を映写室から劇場の通風孔につなげていたという。しかし問題は換気だった。空気を入れ換えるのに時間がかかっただけでなく、匂いが交じり合って悪臭となってしまうのだった。

匂いつき映画の歴史に登場する最大のヒーローはハンス・E・ラウベというスイス系アメリカ人である。彼が考案した新装置は、簡単に言えばフィルムに記録された情報がそのつど座席の背面に設置された管を通じて匂いを送り出す、というもので映画館にはフィルムとともに、香りの標準セットが支給されることになっていたという。

ラウベのこの新方式は[スメロビジョン]と名づけられ、1959年、ついに映画は匂いを放つ、と期待された。今からちょうど50年前、[匂いつき映画元年]が訪れようとしていたことになる。おまけにそのラウベの前にライヴァルが登場したから、予期せぬ盛り上がりを見せたことも想像される。ウォルター・リード・ジュニアという劇場チェーンと配給会社の経営者が、その名も[アロマラマ]なる新方式を採用して、ラウベよりも先に公開する、と挑戦状をたたきつけてきたのだ。

マスコミが匂いつき映画戦争、と呼んだこの[スメロビジョン]VS[アロマラマ]の世紀の対決の勝敗や、いかに?あの大女優エリザベス・テイラーも重要な役どころで登場するこのエピソード、まるで映画を観ているみたいにわくわくさせられる。

さて、エピローグ代わりにぼくの匂いつき映画体験記を......いや、非体験記を披露しよう。もう10年以上も昔のことだが、悪趣味が売りのジョン・ウォーターズ監督の「ポリエステル」のレーザー・ディスクを輸入版で手に入れたところ、「オドラマ」という方式の匂いつき映画であるところから、なんと匂いのカードが封入されていた。

大判のカードには、1から10までの番号が打たれた丸いシールが張られており、画面の合図に従ってそれぞれのシールをスクラッチすれば、即座に匂いが立ち上る、という趣向である。しかし僕はまだ一度もスクラッチできないまま......匂いが無くなってしまうのが惜しいせいもあるが、本当の理由はウォーターズ本人のこんな発言だ。ギルバートの本から引用してみよう。

「ポリエステル」が成功したのは悪臭を使ったからなんだよ......世界中のの観客がぼくに金を払って屁の匂いを嗅いだんだ。(訳=勅使河原まゆみ)

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今野雄二(映画・音楽評論家)
1943年生まれ。北海道出身。国際基督教大学(ICU) 卒業後、出版社勤務を経て評論活動へ。「11PM」など数々のTV、ラジオ番組で映画、音楽を紹介。「週刊朝日」の星とり評を連載中。

Title Photo:Tsuyoshi Harikae
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