2010.03.17UP
遅ればせながら、オスカー・レースの我が勝敗をまずご報告させていただく。
6部門の予想の結果は、4勝2敗。しかし、実質的には完敗、というのが正直な
気持ちである。
主演男女優、助演男女優の4部門はクリアしたものの、肝心の作品賞、そして
監督賞の2部門を外してしまったからだ。
アカデミー賞の商業面に気をとられすぎ、今回はそれがもろに裏目に出てしまった。
もっとも、「アバター」よりも「ハート・ロッカー」を作品としてははるかに高く評価して
いた僕としては、この結果に大いに納得しアカデミー会員たちを見直したくなった
くらいである。
アカデミー賞の商業性に関しては、作品賞のノミネートが従来の5作品から、
今回は10作品に増えた理由が、近年低迷しつつあるTVの授賞式中継番組の
視聴率アップを狙った作戦だった、と知りこれまたなるほどと納得したことも
付け加えておきたい。
アカデミー賞にはヨーロッパの国際映画祭ではおなじみの新人賞に該当する
部門はないが、もしもそれがあったとすれば新人監督賞の受賞は必至、と
思われる注目すべき才能が出現した!
ダンカン・ジョーンズという39歳になる映像作家である。そして彼の記念すべき
監督処女作が「月に囚われた男」というSFサスペンス・ドラマだ。

『月に囚われた男』
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
4月10日(土)より恵比寿ガーデンシネマほか全国ロードショー
http://moon-otoko.jp/
舞台は近未来の月の裏側──地球に不可欠なエネルギー源を採掘するために
たったひとり、妻と3歳の娘を地球に残し、月に派遣された男サムが主人公だ。
燃料生産会社との契約は3年。唯一のパートナーはガーティと名付けられた
人工頭脳を搭載したロボット。衛星事故により地球との交信は不可能という状況である。

ドラマがスタートするのは、あと2週間で契約期間の3年が終了するというころ
──サムは肉体的、精神的限界を感じ始め、幻覚や幻聴に悩まされるようになる。
そしてサムは、月面車を操縦中に事故を起こしてしまう。気が付くと彼は基地内の
診療室に安置されていた。
しかもそこには自分と姿かたちがまったく同じ男がいた!
これは幻覚か、それとも現実か?なんとも魅力的な謎をはらみながら、「月に
囚われた男」は巨大な陰謀の解明へと展開していく。
圧巻はサムを演じるサム・ロックウェル──実質的にたった一人で全編を支える
という難役に挑戦して見事な成果をあげて見せるだけではない。サムともう一人の
サムが、地球に残してきた妻と娘への思いをそれぞれ語り合うシーンでは、
この上ないペーソスを滲み出させて、胸を打つ。

そしてもう一人、見逃せないのがケヴィン・スペイシーの存在である。
彼が演じるのはロボットのガーティで、当然声だけの出演ではあるが、
「2001年宇宙の旅」のあのハルに勝るとも劣らぬ魅力を発揮して見せるのだ。
感情の変化をスマイル・バッジの表情で表現するというアイディアも秀逸である。
これが処女作とは俄かには信じられないほど完成度の高い秀作を発表した
監督のダンカン・ジョーンズが、実はデイヴィッド・ボウイの息子である、
と初めて知ったとき、僕はオヤッ?と思った。ボウイの息子はゾウイ・ボウイ
という名前のはずだったから。
古い話で恐縮だが、僕はそのゾウイがまだ2歳か3歳のころに1度だけ会った
ことがあるのだ。それはボウイの初来日公演のときのことだから1973年頃
だったと思う。記憶が確かならばだが......
当時ボウイにステージ衣装を提供していた山本寛斎さんや写真家の
鋤田正義さんたちと一緒に、僕もボウイとの食事会に招かれたときの事である。
原宿の表参道に面したしゃぶしゃぶの店にはボウイの奥さんだったアンジーも、
ゾウイを抱いて同行したのだった。
そのアンジーがひところはアンジー・ボウイと名乗っていたことを思い出した。
ボウイの本名がデイヴィッド・ジョーンズであることは良く知られているが、
ゾウイ・ボウイという名は、ダンカン・ジョーンズが生まれながらに父親から
送られたニック・ネームならぬ芸名だったのかもしれない。
この親にしてこの子あり──かつて「地球に落ちてきた男」で孤独な宇宙人の
主人公を演じたロック・スターの息子が、こんどは孤独な地球人を主人公とする
「月に囚われた男」を送り出したのである。
