2010.03.04UP
2月16日(火)
前回、ハリケーン・カトリーナ襲来後のニューオーリンズを舞台にした映画『バッド・ルーテナント』のことを書きながら、ニューオーリンズを拠点に活動し、このハリケーンがキャリアの分岐点になったミュージシャンのことを思い出していた。
ひとりは、新世代のジャズ・トランペッターとして日本でも注目されているクリスチャン・スコットだ。ニューオーリンズ出身の彼は、2006年のメジャー・デビュー作『Rewind That』でグラミー賞にもノミネートされたが、このアルバムとそれに続く2007年の『Anthem』では作品の持つ意味がまったく違う。
スコットは、ハリケーン・カトリーナと罹災後の復興に影響を及ぼした政府の失策による故郷の惨状に心を動かされて『Anthem』を作り上げた。このアルバムには、そのタイトルにもなっている<Anthem>がふたつのヴァージョンで収められている。3曲目の<Anthem (Antediluvian Adaptation)>は、洪水以前のニューオーリンズを意味し、その演奏には、脅威を前にした陰鬱な空気が漂っている。ラストナンバーの<Anthem (Postdiluvial Adaptation)>は、洪水後を意味し、スコットのトランペットとX-クランのブラザーJのラップが絡み、怒りや苦悩が表現されている。

ChristianScott 『Anthem』(2007).jpg
しかし、スコットがこのアルバムで向き合っているのは、ハリケーン・カトリーナによって荒廃したニューオーリンズだけではない。彼は、このアルバムを作っている間に、アメリカや世界で起こっている問題に関心を持ち、ニューオーリンズを世界の縮図として、権利を奪われた人々を表現しようとした。
ブラザーJのラップは、ハリケーンから人種差別や暴力の歴史へと広がっていくが、スコットは必ずしも具体的な言葉に頼っているわけではない。彼は、トランペットのサウンドを人の声に近いものにするウィスパー・テクニックを習得した。だから、彼の音楽には深く豊かなエモーションがある。彼のリスナーのなかには、ジャズに馴染みはないが、音に込められたエモーションにただならぬものを感じ、ファンになった人もいる。
筆者は、そんなスコットが『Anthem』からどういう方向に向かうのかに興味を持っていた。『Anthem』以来のスタジオ録音となる新作『Yesterday You Said Tomorrow』にはその答えがある。彼は60年代の音楽に目を向けた。新作にインスピレーションをもたらしたものとして、マイルスやコルトレーンのカルテット、ミンガスのグループ、ディランやジミヘンを挙げている。

ChristianScott 『Yesterday You Said Tomorrow』(2010)
スコットは、そうした60年代の音楽と同じように、政治や社会と関わる時代の空気を音楽に取り込み、反映しようとする。そのスタンスは、このブログでも取り上げたヴィジャイ・アイヤーの『Historicity』に通じるものがある。アイヤーは、インド系という他者の視点から世界を見直し、"歴史的真実性"に迫ろうとした。スコットは、ハリケーン・カトリーナ以後の状況を通して獲得した視点を新作でより具体化し、世界を見直そうとする。
新作に収められた曲のタイトルは、『Anthem』に比べると、かなり具体的であり、その音楽に対する想像力をかきたてる。
1曲目の<K.K.P.D.>の意味はある程度察せられるが、本人のコメントによれば、<KuKlux Police Department>の略で、彼が子供の頃に、ニューオーリンズの地方の警察が黒人市民に対してとってきた姿勢、いまも同じ場所や他の都市に残る現実を示唆しているという。
5曲目の<Angola, LA & The 13th Amendment>では、「アンゴラ」と奴隷制の廃止や禁止を定めた合衆国憲法修正13条が結び付けられていることに筆者は興味を覚える。この修正条項にはもちろんリンカーンが関わっているが、ジャーナリストのクリス・ヘッジズが書いた『戦争の甘い誘惑』(中谷和男訳/河出書房新社/2003年)には、以下のような記述がある。
「アンゴラ内戦でアメリカが支援した叛乱派指導者ヨナス・サビンビは、タリバンにもまさる残虐さで殺し、拷問にかけ、1973年の叛乱勃発から50万人以上の死者がでている。このザビンビをアンゴラのアブラハム・リンカーンと賞賛したのはレーガン大統領である」余談ながら、キャスリン・ビグロー監督の『ハート・ロッカー』の冒頭でも、本書から「戦争はドラッグだ」という言葉が引用されている。
6曲目の<Last Broken Heart(Prop 8)>のProp 8とは、2008年にカリフォルニア州で行われたゲイ同士の結婚の是非を問う選挙のことを意味している。7曲目の<Jenacide>は、2006年にルイジアナ州の小さな町ジーナにある高校で、根深い人種対立から起こったJena 6事件を題材にしている。日本でも報道されたので説明の必要はないだろう。"Jenacide"とは、Jenaとgenocideを結びつけた言葉だ。
8曲目の<American't>は、もちろんYes We Canを意識した言葉で、2008年の大統領選のあとに出てきた反動に対するメッセージになっている。
さらに、アルバム・タイトルにもスコットの姿勢が表れている。日本語にすれば、「今日できることを明日に延ばすな」が相応しいだろう。聴き込むほどに、スコットの世界に対する視点や真摯な姿勢が際立ってくる力作だ。
そしてもうひとりが、Hurray for the Riff Raffというグループ名でニューオーリンズを拠点に活動しているアリンダ・リーだ。ヴォーカルとバンジョーを担当するアリンダの曲作りに影響を与えたのは、古いブルースやブルーグラス以前のマウンテン・フォークだが、単にノスタルジーに訴えかけるような音楽ではない。

Hurray for the Riff Raff 『It Don't Mean I Don't Love You』(2009)

Hurray for the Riff Raff 『Young Blood Blues』(2010)
アリンダはプエルトリコ系で、ニューヨークのブロンクスで育った。そんな彼女がなぜニューオーリンズに暮らし、音楽活動をするようになったのか。彼女の人生の転機になったのは、ハリケーン・カトリーナだった。その経緯は、「eMusic」(http://www.emusic.com/)のインタビュー記事に詳しく書かれている。
反抗的なティーンで、自分がなにをやりたいのかわからずに鬱屈した日々を過ごしていたアリンダは、17歳で家を飛び出し、カリフォルニアを目指して放浪の旅に出た。彼女がニューオーリンズを訪れたのは、ニューヨークにいた頃からの友だちがそこに住んでいたからだ。
彼女はニューオーリンズで、音楽をやっている仲間たちに出会い、ザ・デッド・マンズ・ストリート・オーケストラというグループでウォッシュボードを担当することになり、演奏旅行に出る。それが、ハリケーン・カトリーナが襲来する前の冬のことだった。そして、カトリーナがニューオーリンズを襲ったときも、それを知らずにモントリオールで演奏をしていた。
しかし、11月にニューオーリンズに戻り、多くのものが失われた街を目の当たりにした彼女は変わる。これまでアウトサイダーで旅行者だった彼女は、そこに住む決意をする。そして、知り合いのミュージシャンからもらったバンジョーを習得し、自分で曲を作るようになる。彼女がニューオーリンズになにを見出したのかは、こんな言葉から察せられるだろう。
「私の曲はニューオーリンズの生活を結びついていると思う。ニューオーリンズに暮らす人々は、それぞれの理由で死と密接な関係を持っていて、ここに長く暮らせば暮らすほどもっと死が身近なものになっていく」
アリンダの音楽を特別なものにしているのはそういう感覚だ。彼女は、自分が愛する人々が死んでしまっても、そばにいるように感じる。そして、すでにこの世になく、絶対に会えるはずのないミュージシャンたちと繋がっているように感じる。彼女のバンジョー、ヴォーカル、歌詞にはそれが表れている。
いまではメディアといえば、様々な媒体、通信手段を意味しているが、かつては聖と俗、死者と生者を繋ぐ「霊媒」を意味していた。ニューオーリンズという土地に深く根ざしたアリンダの音楽には、そういう意味でのメディアの力を感じる。
