
ビートたけしが映画監督北野武となってから、約20年。14作目にして、ようやく辿り着いた到達点とも言える新作「アキレスと亀」は、売れない画家の半生と彼に連れ添う妻の献身的な愛を描いた現代の芸術残酷物語。自らの資質に向き合いながら悶々と苦しむ男を描き、先のベネチア国際映画祭でも喝采を浴びた北野武監督に話を聞いた。
北野武監督インタビュー
「『アートをやってるだけで幸せである』ということに気づいたんだ」
──「TAKESHIS'」「監督・ばんざい!」という苦悩に満ちた作品のあとに、この「アキレスと亀」を撮り終えて、監督の中で何か変わったことはありますか? 今回の映画を観ると、何かを突き抜けたような印象を受けますが?
「さあ、これからはヤクザ映画、チャンバラ映画をバンバン撮ろうって思ってるんだ(笑)。外国の映画祭で客が立ち上がってしまうような映画をやろうってね。こういう『アキレスと亀』みたいな映画って、スタイルとしては王道で、まあまあの結末があって、オレもこういうの撮れるなって感じがあって、このやり方はできるなと思ったよね」
──ただ、今回の映画に至るまでは相当苦しんだのではないですか?
(C)Kazuko Wakayama
「実は『TAKESHIS'』が当たってくれなくて困ったんだよね。新しいとか前衛的だとか言われながらも実は全然なんでもなくて、評価は悪いわ、客は入らないわでボロボロで(笑)。それで、頭きて『監督・ばんざい!』を撮ったわけだけど、怒っているのにまったく相手にされなかった。それで仕方ないから普通に撮ったのが今回の『アキレスと亀』なんだ。よく考えたら『アートはやってるだけで幸せである』ということで、映画監督は映画監督でいられるだけで充分だということに気づいたんだよ。作品が評価を受けたり、客が入ることを考えるのはやめようっていう諦めの境地みたいな映画だからね、この映画は(笑)。だから『監督・ばんざい!』は今から思うと図々しかったな。映画監督でいられることで充分なのに、まだ当てようとか儲けようとか考えていたのがあの映画なわけで、今回の『アキレスと亀』はそれをすっかり諦めてしまった映画なんだよ」
──今回の作品は画家を主人公にして、多くの絵画が登場しますが、北野監督にとって、絵を描くことと、映画を撮ることは表現者として同じと捉えているのでしょうか?
「同じという言い方をすると、野球とゴルフくらいの差はあるね。同じ球技だけどね。基本的には同じ丸い球を使うくらいで、映画と絵画は画ということだけであまり共通点はないかもしれない。あと、絵画の場合は圧倒的な想像力を必要とする場合と、もの凄くシンプルなものと両方あるけど、映画は、1秒間に24枚の画を使うわけだから、割と説明してくれるんだよね。作るほうにとっては、絵画のほうが難しいんじゃないかな。評価されるものに関しては。はなから違う手法とか、いまだかつて見たことのない絵を描くとか、そういうことを考えると映画は、編集やらCGでごまかすくらいで、違う手法とかはありえないわけだし。この映画はね、暇に飽かして描いた絵がたまっちゃったから、この描きためた絵を使って撮ろうって思ったんだよね。だけど、絵を見るととても才能のある絵には思えない(笑)。それで才能のない画家の話になったわけ」
――青年期の主人公・真知寿をたけし軍団の柳憂怜さんが演じてますが、キャスティングした理由は?

「柳は『3-4X10月』で主役やらして、そのあとちょっと仕事があったんだけど、難しいこと言い出しちゃって、しばらく映画に出なかったの。だけど彼のカミさんも可哀想だし、ここらで主役をやらせるかって思ったんだよ。名前もあのまんま片仮名でユーレイだと格好悪いと思って、仕事が来るように漢字に直して、中国人の役者みたいにしたわけ(笑)。まあ、下手ではないから、真面目にやれば仕事も来るだろうと思ってたら、案の定、次の仕事が来たらしいよ」
――今回の映画では、今までの北野映画には登場してこなかったタイプの女性が、主人公・真知寿と結婚して献身的に彼を支えますが、なぜ、こういったキャラクターを登場させたのでしょうか?
「この映画を凄い残酷な話にすると、真知寿っていうのは悪魔で、子供のときに絵が上手いとか言われてしまって、芸術というとんでもない麻薬に冒されてその気になってしまい、彼に関わる周囲の人は皆不幸になってしまったということなんだよね。当然、このカミさんだって、真知寿と一緒にいて色々と辛いことが起こったりして、不幸なわけだけど、考えようによっては、この不幸も2人の関係においては『2人で芸術やれればまあいいじゃないか』という映画なんだよ」
――しかし、その献身的な妻は真知寿を一度見放しますよね?
「この映画の妻はうちのカミさんだね。だんだんオレがおかしくなって、見放して、また元に戻ってっていう自伝的映画なんだよ(笑)。ただ、今はこういう昔風の話はあまりないじゃない。カミさんが男性を見切るからね。これは芸術夫婦の話だけど、大阪の落語家とか漫才師の世界にも通じるものがあると思うよ。下手すると桂春団治とか藤山寛美の世界だね。でも芸術家ではあまり聞かなくて、(版画家の)棟方志功なんかは、カミさんが彼を支配していたみたいだしね。ただ普通に少年期、青年期、中年期で、大人しく真面目に絵を描いてるとカミさんとの愛がちゃんと成就してしまうじゃない。そういう映画だと間抜けな賞を獲ってしまうから、狂ってしまったほうが映画的には凄いかなと思ったんだけどね」

目標はポルトガルの巨匠オリベイラ?
──監督の奥さんは、今回の映画を観て何か言ってましたか?
「うちのカミさんはオレの映画なんて観る気ないもん。涙も枯れ果てたって(笑)。でも、こんな映画だったら喜んじゃうよ。アンタにこんな優しさがあればとか言ってね。たしか『HANA-BI』のときは画面に石投げてやろうかと思ったって言ってたな。あれはカミさんのために銀行強盗して旅する話でしょ。だから、この偽善者!って言われたよ(笑)」
――前の2作の頃は「そろそろ映画監督は引退」ということを口にしていましたが、今回の映画を観るとまだまだ作り続けてやるという意志が感じられました。
「引退、引退って言うと、急いで観なきゃなんて思うかなと思って、作戦練ってるんだけどね。よくいるでしょ、死ぬ死ぬって騒いでてなかなか死なないヤツ。TVだってやめるって言えば視聴率が上がるんじゃないかとか、色々作戦を考えてるんだよ。これであと20作くらい撮ってたら『またかよ!』って言われるだろうけど、100歳くらいで撮ってる人がいるでしょ、あれをやってやろうかなって思ってるんだ(笑)」
(C) eiga.com inc.

「HANA-BI」「座頭市」の北野武監督の長編14作目。出演は北野武(ビートたけし)のほかに、樋口可南子、柳憂玲、麻生久美子ら。売れない画家の真知寿は、幼い頃に両親を亡くしてからも画家になることだけを夢見てきた。そんな純朴な真知寿に惹かれた幸子と真知寿はやがて結ばれ、夫婦で創作活動に没頭していくが……。真知寿の叶わぬ夢に立ち向かう苦悩や、彼を陰から支える幸子の夫婦愛を描く。
監督・脚本:北野武
製作:森昌行、吉田多喜男
撮影:柳島克己
音楽:梶浦由記
美術:磯田典宏
編集・挿入画:北野武
出演:ビートたけし、樋口可南子、柳憂怜、麻生久美子、中尾彬、伊武雅刀、大杉漣、筒井真理子、吉岡澪皇、徳永えり、大森南朋
製作国:2008年日本映画
上映時間:1時間59分
配給:東京テアトル、オフィス北野
テアトル新宿、銀座テアトルシネマほかにて現在公開中
http://www.office-kitano.co.jp/akiresu/
(C)2008「アキレスと亀」製作委員会
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