アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#02 “ポール”のおかげで、実現したアビイ・ロードの1年間 (横田 衛)

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1. 27歳のとき、「ビートルズが4人で所有した」というエピソードに惹かれた’60年製のストラト・キャスター。当時でも約120万円と高額だったため、会社から借金をして購入。「当時はいい木材を厳選していて、ネックも反らないしボディも驚くほど軽い。何より音がまったく違う」。THE MODSなどのアーティストもレコーディングで使用している。
2. ビートルズに因んだミニカーは、英国コーギー社製。香港出張時に発見し、以降月イチペースで買い集めた。全種類をコンプリートした際には、嬉しさよりも寂しさが先に立ったとか…。

 実は昔、アビイ・ロード・スタジオの隣に住んだことがあるんです。人生を決めかねていた22歳頃に、「UKロックが好きだから行ってみようかな」と軽い気持ちで、イギリスに留学したら、突然借りた部屋を追い出され、行くあてがなくなった。でも、次の部屋の保証人を頼める知り合いもいない。困り果てて思い出したのが、日本の友人から聞いていた「ゲイの人は親切」という格言(笑)。英語もロクに話せないのに、ゲイバーに飛び込み、目についた人を拝み倒して引き受けてもらったんです。その名も“ポール”。もちろん、“マッカートニー”ではありませんでしたが(笑)。
 イギリスにいた頃は、『Time Out』というロンドン版『ぴあ』のような情報誌をチェックしては、「MARQUEE(マーキー)」などのライブハウスに通っていました。時には、エリック・クラプトンの前座がエルトン・ジョンという、夢のようなライブに出くわすこともありました。あのワクワク感こそ、ロンドンならではの楽しみのひとつなのかもしれません。
 初めて、僕がビートルズを聴いたのは中学2年生頃。当時は、横浜銀蠅が好きだったのに、姉から毎月1本ずつUKロックを集めたオリジナルテープを押しつけられ、そのうちにすっかりビートルズにハマってしまった。最初に聴いたのは『ブラック・バード』で、テープに入っていたビートルズも中期以降の曲ばかり。実は、当時の姉の彼氏がプログレ好きで、間接的にその影響を受けていたみたいなんですよね(笑)。

取材・文/島影真奈美

横田 衛
SMAエンタテインメント 横田ルーム・チーフ


'69年生まれ。22歳でソニーレコードをいったん退職し、約1年間英国に滞在。帰国後SMAエンタテインメントに再入社し、レコード制作全体に係わる“A&R”やディレクター、アーティストのマネジメント全般に携わる。現在は井上陽水氏の娘、依布サラサなどを担当。
http://www.nagai-neko.com/


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