アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#28 ビートルズの出発点にはもう一度行ってみたいですね (星加ルミ子)

星加ルミ子

1.ビートルズ初会見記を掲載した『ミュージック・ライフ』1965年8月号を手に。第2スタジオで4人と並んだ写真が表紙。「時間は最初30分と言われてましたが、レコーディングが終わっていたので3時間ほど話を聞いて。日本のことや、着ていった着物のこととか、後半は私のほうが聞かれてたかな」
2.ビートルズを表紙にした『ミュージック・ライフ』誌の数々。

 『ミュージック・ライフ』でビートルズの記事や写真を使いつくして、1965年に初めて取材旅行に行くことになりました。まずドイツのハンブルクで、スター・クラブやカイザーケラーとかビートルズが出演していたクラブを見てきました。パリでも何人か取材して、それからロンドンに行ったんです。ビートルズに会ったのはアビイ・ロードにあるEMIスタジオ。車で連れていってもらったんですが、セント・ジョンズ・ウッドという樹の生い茂った公園を抜けて。6月にしては寒かったんですけど、女の子たちが20人ぐらいたむろしていて、ビートルズが出てくるのを待ってるんですね。4人が乗ってきた車が停めてあったので「これがポールの車よ!」と教えてくれたり、日本から取材に来てこれからビートルズに会うんだと言うと、みんなうらやましがって「私が愛してるって伝えてね!」と口々に言ったり。
 その滞在中にリバプールにも行きました。ロンドンからプロペラ機に乗って。4人が育った家を訪ねたかったので、空港でタクシーの運転手に「ジョン・レノンの家に」と言ったら、「番地を言え」の一点張り。それでまずキャバーン・クラブに向かいました。女の子がたくさんいて、ビートルズの住んでいた家を聞いてみたら住所を書いてくれたんですよ。それを持って、タクシーで4軒をまわったんです。あとはジョンとジョージが通った小学校や、ネムズ(ブライアン・エプスタインのレコード店)の跡を見て、その日の夜にロンドンへ戻りました。当時は「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」も「ペニー・レイン」も出てませんでしたから。
 その頃はアビイ・ロードもまだ有名じゃなかったのね。69年に『アビイ・ロード』のジャケットを見たときは、こんなに広い道だったかなあと思いました。まわりを見るほどの余裕もなかったので。
 ロンドンのEMI本社は移転しましたが、昔あった場所にもう一度行ってみたいですね。ビートルズに会えるようにスタッフの人が尽力してくれた所ですし、そこからビートルズのいろんなことが始まったわけですから。

取材・文/淡路和子

星加ルミ子
音楽評論家


1961年に新興音楽出版社(現シンコーミュージック)に入社。『ミュージック・ライフ』誌の編集を手がけ、65年より75年まで編集長をつとめる。65年6月、日本のジャーナリストとして初めてビートルズとの単独会見に成功。著書に『ビートルズ・ロッキュメンタリー/太陽を追いかけて』など。2008年4月26日(土)、JTBカルチャーサロン新宿教室の特別講座「60年代黄金伝説」の講師を担当する。
JTBカルチャーサロン http://jtbculture.com/


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