アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#71 ビートルズのコピーバンドには葛藤がつきものです (城間正博)

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1.リアルタイムで集めたのは、500円で買えた4曲入りコンパクト盤でした。アルバムは今とほとんど値段が変わらず、1800円もしましたから、とても買えませんでした。コンパクト盤は、シングルのA面曲がたくさん入っていたりして、お買い得だったんです。初めて買ったアルバムは、『ラバー・ソウル』。「ビートルズ、ちょっと変わったなあ。初期のほうがよかったなあ」というのが、当時の最初の印象でしたね。でも、聴いてるうちにすごく好きになりました。

 中学生の頃から、リアルタイムでずっと好きでした。ビートルズが音楽的才能に溢れているのは僕が言うまでもないことですが、彼らはセッション・ミュージシャン的な、ものすごくクオリティの高い技術で演奏をこなすような引き出しを持っているタイプではない気がしますね。1曲1曲、4人で20回、30回と演奏を練り上げて、その積み重ねで曲を完成させていく……そんなアマチュア的な匂いを感じます。「ラヴ・ミー・ドゥ」あたりからは、そういうエネルギーが伝わってくるんですよね。

 彼らやベンチャーズが好きで、一生懸命ギターでコピーしてましたよ。僕は自分から何かしようっていう人間じゃないから、そのままだったら普通の堅い仕事に就いていたと思うんですが、17歳のときにドラマーとしてバッド・ボーイズのRICKY(廣田龍人)に誘われたことで人生が変わりました。その頃、大阪には演奏する場所がけっこうあったんです。今みたいなライブハウスじゃなくて、そこらへんにあるような小さな飲み屋。職業としてもある程度成り立つから、そのままどっぷり入っていきました。ダンスホールのような場所で演奏したとき、東京の音楽業界の人が観に来て、「東京へ来ないか」と誘われましてね。うまい具合にそういうきっかけがあったんです。

 1973年、バッド・ボーイズはビートルズのコピーでデビューしました。レコードの音だけじゃなくて、映画『ヘルプ!』や『レット・イット・ビー』を観たりして、リンゴのドラミングをずいぶん研究しましたね。リンゴは左利きだから、普通のドラマーとは叩く手順がかなり違うんです。右利きの手順で叩くと絶対に同じニュアンスが出ないから、コピーは苦労しました。「レット・イット・ビー」のドラムが好きですね。

 別の悩みもありましたね。ビートルズのコピーだと、ヘタをすると企画もの、色もので終わっちゃいますから、ミュージシャンとしてちゃんと立つならオリジナルをやらなきゃと。ビートルズの曲を演奏しないと食べていけない。でもそれを完全に断ち切らないと、ミュージシャンとして突き抜けられない壁のようなものがある。そんな葛藤ですね。結局バンドは解散して、RICKYはオリジナルをやるためにREVOLVERを結成しました。僕は「とりあえず食べていかないと」ということもあって、安易にも、すぐに稼げるほうを目指してしまったんです。ところがしばらく別々の道に進んだ後、またRICKYとビートルズもオリジナル曲も演奏する機会に恵まれました。彼のアルバムを、2枚ぐらいいっしょにやりましたね。RICKYは強い人で、僕は後ろをついて行っただけ。彼のおかげで、音楽の世界でやってこられたようなものです。

 その後またRICKYと離れてからは、六本木のキャヴァンクラブとかでビートルズのコピーバンドをやってました。永沼忠明くんたちとウィッシングで演奏していた頃、ビートルズ・コンベンションに出場するため、リバプールに2回行ったのはいい思い出ですね。ストロベリー・フィールドでの演奏が印象に残っています。外国のオーディエンスは反応がシビアだというので心配していましたが、気に入ってもらえたし、演奏していて気持ちよかったですね。リバプールは古い街並や家の形が昔ながらに残っていて、いい景色でしたよ。ロンドンは、信号機や走ってる車の色、形とかは違っても、東京の……銀座とかとそう変わらないな、って思ったんです。

 1日4回とか6回のステージをずっとやり続けていると、行き詰まりを感じることがあるのです。それでも声をかけてくれる友だちがたくさんいるので、またステージに立つことも、なくはないんでしょうけど……まずは、練習してからです(笑)。

取材・文/鳥居一希

城間正博
ドラマー


1952年、大阪府出身。73年、バッド・ボーイズのドラマーとしてビートルズのカバー・アルバム『MEET THE BAD BOYS!』でデビュー。77年の解散から数年後にはREVOLVERに参加し、8年ほど在籍した。その後ウィッシングなどを経て、2009年1月現在は音楽活動から遠ざかっている。


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