RADIO Days アトランティック・レコードがラジオから流れた日

 B面は「ヤング・ブラッド(Young Blood)」という曲で、日本語タイトルが「ハイティーン気質」ですって。名訳か迷訳か、ほんと、良い時代でした。
スリーブに書かれているアーティストの名前も、左側がジャズ関係、右側がR&B関係、懐かしい方には、懐かしいものでしょう。そりゃ、あたり前田のクラッカー!

 この頃、アトランティック・レコードをかける音楽番組なんて、ほとんどなかった。政治家じゃないけれど、「私は、全く記憶にありません」。僕はFENを聴いていた子供だったから、ということもありましたが。気どっているわけではなくって、当時の日本のラジオ局はビクター・ヤング・オーケストラ「エデンの東」みたいなものが中心。それはそれで良かったのですが、自分には合わなかった、ただそれだけでした。

 アトランティックのR&B曲、アイボリー・ジョー・ハンター、ルース・ブラウン、クライド・マックファターク、チャック・ウィリス、ラバーン・べイカー。懐かしいです。
 みんな進駐軍放送で聴きました。ホンと、カッコ良かったです。

ボビー・ダーリンの「ドリーム・ラバー」が
大の大好きで。いまでも携帯用プレイヤーに入れてます。

 ちょっとマニアックなR&Bレーベルというイメージだったアトランティック・レコードが日本のラジオで目立ってかけられるようになったのは、イタリア系白人のポップ・シンガー、ボビー・ダーリンが登場してからでしょう。
特に1959年の「ドリーム・ラバー」、続く「マック・ザ・ナイフ」は、日本でも洋楽ヒット・チャートの上位を賑わせました。僕はこの「ドリーム・ラバー」が大好きで、いまでも自分の携帯用プレーヤーに入れています。

 ケヴィン・スペイシー主演の映画「ビヨンド・ザ・シー」でタイトル・ソングにもなった同名曲、当時としてはちょっとおしゃれ過ぎたのでしょうか、日本ではそんなにヒットしませんでした。
 あのボビーダー・リンの伝記映画、もう一つでしたね。
「ドリーム・ラバー」も最近では、同名異曲ですが、マライヤ・キャリーとかINFINITY16/湘南乃風バージョンの方が有名ですよね。ほんと、時代は遠くになりました。

 その遠く、遠くの1962年。ご縁があって、20歳の僕はニッポン放送のディレクタ兼DJ高崎一郎さんの助手として、放送局のバイトを始めます。高崎さんのDJ番組で、放送するレコードを用意したり、ターンテーブルを回すのが仕事。

 高崎さんの番組は「エデンの東」みたいな映画音楽よりもアメリカン・ヒットポップスが主流。僕の音楽志向も同じ路線だったので、僕にとっては、ほんとラッキーな巡り合わせでした。高崎さんの番組ではニール・セダカやコニー・フランシス、リッキー・ネルソンやポール・アンカ、そしてビーチ・ボーイズ、ジャン&ディーンなどなど、ビートルズが登場するちょっと前までのヒット曲がじゃんじゃんかかりました。

 1962年、アトコから発売されたヒット曲の一つにジャズ・ピアニスト、ベント・ファブリックの「アリー・キャッツ」があります。この曲、翌1963年にグラミー賞「ベスト・ロック・アンド・ロール・レコーディング」部門でグラミー賞を獲得し、欧米で大ヒットしましたが、日本では、ほとんどといってよいほどON AIRされませんでした。
 しかし、もう80歳を越えたベント・ファブリックはいまでも現役パリパリ。最近もヒットCD「ジュークボックス」で、いまでは日本の若い人達にも大変な人気。いやはや、凄いことです!

 その逆に、この頃でしょうか、日本だけでヒットしたバリー・ダーベルという男性歌手が歌った「ロスト・ラブ」という歌がありました。アトランティック・レコード(ATCO)発売でした。日本人受け?する可愛い曲で、たくさんのリクエスト・カードをいただきました。けっこう人気がありました。ご存知のかた、いらっしゃいます?

 「奥さまお嬢様が泣いて喜ぶ」高崎一郎さんの番組、たくさんON AIR したヒット・レコードの中で、アトランティック盤ではパーシー・スレッジ「男が女を愛する時」とかゴフィン&キングの名曲を歌うドリフターズやベンEキングなどが常連でした。勿論、オーティス・レディングやウィルソン・ピケットも通の人には、深く静かに人気でした。選曲の際、そんな中にドリス・トロイとかカーラ・トーマスとかのR&Bをそっと紛れ込ませたりすることに、快感を覚えたりもしました。あれはラジオ番組制作アシスタントの役得だったのでしょうか?

 1964年以降、ビートルズ登場で巻き起こったブリティッシュ・インヴェイジョンの頃、洋楽にとってそれはそれは賑やかで、華やかな時代でした。欧米ではロックン・ロール音楽が、将来有望な巨大な産業として、投資家の対象になりはじめた時代でもありました。
 アトランティック・レーベルが、メジャー・レーベルの一角として花開くのは、はっきりいってこれ以降です。

僕が「オールナイトニッポン」でDJをやっていた時代、
それは正に「アトランティック、黄金の時代」でした。

 アーメット・アーティガンは「時代はロックである」としっかり認識。「我々はモータウンとは違う」とアフリカン・アメリカンの音楽にこだわらなくなり、イギリスからの原盤配給権獲得を含め、そのレパートリーをますます広げました。

 それゆえに、1969年あたりから1973年ぐらいまで、僕が「オールナイトニッポン」でDJをやって、音楽紹介とお喋りをやっていた時代、アトランティック・レーベルのアーティストは、素晴らしいものだった。

 思いつくだけでも、ソニー&シェール、バッファロー・スプリングフィールド、ヴァニラ・ファッジ、ヤング・ラスカルズ、アイアン・バタフライ、C,S,N & Y、アリサ・フランクリン、ロバータ・フラック、クリーム、ブラインド・フェイス、レッド・ツェッペリンと、ほんと、お世話になった曲、それはそれはたくさんありました。正に「アトランティック、黄金の時代」でした。

 しかし、アトランティックの存在価値がより高まるのは、我々の世代の次の世代の皆さんが、このレーベルをきちんと評価されたからだと思います。

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筆者が初めて買ったアトランティック・レコード、クローバーズの「ラブ・ラブ・ラブ」

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いちばん下には“Atlantic”のクレジットが。日本盤の解説は野口久光氏

いちばん下には“Atlantic”のクレジットが。日本盤の解説は野口久光氏


ジャズ関係が左側、R&B関係が右側に書かれた当時のスリーブ(左側の袋)

ジャズ関係が左側、R&B関係が右側に書かれた当時のスリーブ(左側の袋)


「Young Blood(ハイティーン気質)」のクレジットの右隅にCOSDEL社の名前が

「Young Blood(ハイティーン気質)」のクレジットの右隅にCOSDEL社の名前が


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