
?長いツアーを終え、今年は久しぶりに長いお休みをとられるのですね?
SH:そうですね。4年ぶりぐらいですかね。
?じゃ、相当自分にご褒美あげてもいいような感じですか?
SH:少し休んだり、どこかへ行きたいと思っています。ただ、根っこの部分はソング・ライターなので、いつも新しい歌をつくろうという気持ちはあります。昔はカセットレコーダーだったけど、今は小さなハードディスクレコーダー。休日でもこれを持ち歩いているのは確かです(笑)。
?それは、どのようにお使いになるのですか。
SH:メロディーが浮かんできたら、小さなレコーダーに「ンー」とか「ラララ」で入れて、そうして、家に戻って落ち着いた時にメロディーの切れはしを集めて曲にするんです。
?それは大変ですか?
SH:メロディーを作るのは楽しいですよ。いつ、どんなところでメロディーが浮かぶかわからない。うちのバンドのミュージシャンだったら、全員その場で譜面を書けるけど、オレはそういったアカデミックな教育は受けてないので(笑)、自分の中に浮かんできたものを、すぐ線を引いて、パーっとは書けないですね。録音する方が早いです。レコーダーがないときは自宅の留守電に入れたりしますね(笑)。もちろん楽器を使ってコード進行やリズムパターン先行で作る場合もあります。
?そのときは、おりてくる感じなのですか?
SH:それは自分が子どもの頃からずっと聴いていたいろいろなものが、それはロックやポップスに限らず、民謡だったり、クラシックだったり、外国の民族音楽だったりと、とにかく体の中に入っていて、それが溶け合い混ざり合い、違う組み合わせになってオリジナルとして出てくるのでしょうね。文学にせよ美術にせよ、誰でも先人達の影響を受けて育っていくわけで、全く何もないところから出てくるわけはないから、浮かんできたメロディーの切れ端とか、言葉の切れ端がバラバラにあったものが、まとまっていく作業というものが歌づくりだろうと思います。
?年々それに対しての好みもうるさくなってきますか?
SH:それはあると思います。前のアルバムより、いいものをつくろうと思うと、だんだんハードルも高くなってきますし。多分、そういうことを全然気にしないほうが、すんなりと次のハードルを越えられるのだと思う。だから、前よりもいいものをつくろうと思っている時期は、まだできないんですよ。もうだめだ、できないとあきらめたときが、ちょうどいいのかもしれないですね。

?曲づくりは、どこかへ行ったほうが、やっぱり解放されて書きやすいとか、それとも、全く自分の日常生活を送っているほうがつくりやすいとか、あるいは、もう締め切りが来たときのほうがパワーは出るとか、浜田さんはどういうタイプですか。
SH:やっぱり何げないときのほうがいいですね。あんまり追い込んだりとか、追い込まれたりしないほうが。追い込めばできるんですよ。やればできるけれども、でもそれで、いいものはできない。かつてそういう時代があったので、やったことはありますけれども。それは、愛着もやっぱり余りわかないし、自分の中に長く残らない。あとは確かに思うことは、ネガティブな感情から良い音楽は生まれてこないということです。
?これまで創作活動を長くやってこられた秘訣は何でしょうか。
SH:良きスタッフやミュージシャンに恵まれたこと、これが生活の糧を得る手段であること、いろいろあると思いますが、根本的には、音楽が好きだというのがいちばんでしょうね。ただ好きだという……そいつなんでしょう。これがないと、長くはできないでしょうね。もちろん遊びだとは思っていませんけど、仕事って感覚もあまりないですね。遊びのようであって、遊びでない…。初恋がそのまま一生の恋になったって感じです。
?そのエネルギーを長く維持するのは大変なことですよね?
SH:体調の悪いときにライブをやるとか、ステージが続いて神経が休まらず寝れないとか、詞が書けないとか、そういうようなことはあるけども、情熱がなかったら、やめていたと思うんです。今でも、「じゃ、今度の休みは何をしますか?」聞かれて、「ソングライティングですね」って言っているということは、まだ熱が冷めていないんだと思うんですよ。
?ビートルズに出会ったのが小学5年生のときですよね。
SH:幸運なことですよね。出会ったときが、自分が10代だったというのが、やっぱり大きかったと思います。もしそれが25歳ぐらいで、ただ音楽が好きで、ビートルズが出てきたりしても、「あ、こういう音楽かな」というふうに聴いたのと、自分が本当に10歳、11歳、12歳の頃にそういうものを聴いたというのは、やっぱりそこは大きな違いだと思います。当時はほかに選ぶものもなかった。60年代の初期というのは。今だと、いっぱいありますよね。でも、あの頃は選ぶものがなかったから、それもよかったかもしれません。
?テレビでも『てなもんや三度笠』とか、そんな感じでしたよね。
SH:テレビもラジオも、チャンネルや番組自体がたくさんなかったですし、子供の心を引きつけるような面白い番組ってなかったですからね。13歳のときの感性というか、13歳の琴線に触れたものは、やっぱり生涯通して変わらないとよく言いますよね。





