
その日の夕方山形県JR酒田駅へ着くと、駅ではチケットを求めるファンが集まり、また女性ファン同士の会話が聞こえて来た。「どこから?」と。ひとりは愛知県からで、もうひとりは秋田県からだという。きっと30代だろう、「私は飛行場まで行ったけど、会えなかった」、そんな話をしていた。
タクシーに乗り会場へ向かうと、多分50代後半位だと思う運転手さんに「浜田省吾さんの取材で、初めて酒田に」と軽く話し、僕はてっきり今の季節の酒田はと、そんな話になるのかと思ったら「負けないで生きてきた人、苦労した人は違う。いい年こいてダラダラやっているヤツとは重みが違う」と口走った。僕は浜田省吾のファンって幅広いと思ったのだが、白状しよう、実はこの酒田のコンサートは僕にとって2回目なのである。1回目はその23日前に親友に誘われて行った横須賀であった。ただCDは持っている。どうしてこんなことになったかというと、これも白状する。横須賀のコンサートで中盤『路地裏の少年』のギターの前奏が流れると、なぜか胸が熱くなってしまったのだ。涙腺が緩んだ。
これがどういうことなのか、よく考えてみた。昔見逃した映画を今見たら凄くよかった。似ている。昔、例えばホンダのバイクばかりに気をとられ、他社のバイクを知らなかった。これも似ているがいまいちだ。
酒田のコンサートが始まり、10代から60代という幅広い年齢層のファン総立ちのなか『路地裏の少年』が演奏された。ギターの前奏が流れると、また横須賀のときと同じようになってしまった。これはいったい何なんだろう。
この曲は1976年(昭和51年)、浜田省吾のソロ・デビューの曲だが、あれから32年の月日が流れた。当時は名前こそ知ってはいたが、聴いてはいない。CDを買ったのも随分遅く90年代に入ってからで、他にこういった経験があるかというとまったくない。「ハーベスト」ばかり聴いていて、ニール・ヤングの新しいアルバムを久しぶりに買ったら凄くよかったというのはあるが…。
そしてこんなことが発端となって取材を申し込んだ。そして、浜田さんにインタビューし、数日するとこの謎はとけた。浜田さんというロックンローラーはあきらめずに、質を落とさずやってきたからであり、また歌を大事にうたい続けて来たからだと思った。多くのファンにとっては当たりまえ過ぎる答えかもしれないが、僕にとっては『路地裏の少年』は2007年(平成19年)52歳のときに心の中に入りこんできた歌なのである。もう少年ではないが、こういうことも人生のいいことのひとつだ。
松木直也





