靴を脱いであがり、座布団に腰を沈める。装飾を控えたニュートラルな空間は、カフェというよりも誰かの部屋のよう。封筒に入ったメニューから好きなもの選び、足をくずしてまったりと過ごす。自分だけの時間が、ゆっくりと流れていく。
「コンセプトや色は、あえて持たないようにしています。ここは、誰の空間にでもなりうる場所なんです」。そう話してくれたのは、接客も調理も一人でこなしている店長の杉山美奈子さん。若い人だけでなく、あるときは会社帰りのサラリーマンが新聞を広げ、またあるときは初老の女性が会話に花を咲かせる。何かを声高に主張するのではなく、たださりげなくそこにあることで、人々の心を潤してくれる存在なのだ。
音楽にしても、考え方は同じ。例えば、1人で食事をしていたら邪魔にならないように静かな曲をかけ、カップルがお酒を楽しんでいたらムーディーなジャズをかける。店の好みを押し付けるのではなく、あくまで客にとって心地よい音楽を心がけている。
穏やかな時間に彩りを添えてくれるのが、心を込めて作られた料理だ。「本格的なフランス料理が出せるわけじゃないんです(笑)。だからこそ、ありふれたものでも時間をかけてゆっくり作ることが、私のできるサービスだと思っています」と杉山さん。すべて1人で用意するため時間も手間もかかるが、こだわりは曲げない。
2時間くらい滞在するのは、この店ではごくありふれたことだ。「お昼過ぎにいらっしゃってカレーを注文し、本を読みながらコーヒーを楽しんで、日が暮れると夕食を食べ、食後にカクテルを飲む、なんていうお客様もいらっしゃいました。その方は、『おじゃましました』と言って帰っていかれたんですよ」。“ごちそうさまでした”ではなく、“おじゃましました”というのが、いかにもこの店らしい。高円寺の片隅に用意された、ひとりひとりの“部屋”。それが、『cafe apartment』なのだ。
取材・文/渡辺裕希子 写真/関根則夫
1.設計を担当したのは、大学で建築を専攻していたオーナー。狭さを感じさせないよう、目線を低くするなどの工夫がなされている。
2.座布団が苦手な人には、大きな窓際に設けられたソファ・イス席がおすすめ。道行く人々を眺めながらのんびりと過ごせる。
3.古本屋で手に入れた洋書や絵本が並ぶ。今や入手困難な大友克洋の「ヘンデルとグレーテル」もあり、これを目当てに訪れるファンも多い。
4.各テーブルには、紙製のランチョンマットと鉛筆が置かれており、自由に落書きが楽しめる。「みなさんが書いてくれたコメントや絵は、私の宝物です」。
5.牛すじ肉をじっくりと煮込んだ「トマトとチーズの焼きカレー」(1080円)。トマトの酸味と濃厚なチーズが一体となり、引き締まった味わいを生み出している。「キリンラガー(生ビール)」は600円。
cafe apartment
東京都杉並区高円寺北3-2-15 明和ビル201
03-3339-8339
15:00~23:30(LO23:00)、土日祝は13:00~
水
コーヒー(ホット、アイス)500円、黒ごまきなこミルク650円、ホットワイン700円、ふわふわたまごのオムライス880円、おつかれご主人様セット1480円など


