2005年1月、多くのファンに惜しまれつつ幕を下ろした伝説の名曲喫茶「中野クラシック」。この店に、学校そっちのけで通いつめていた一人の少年がいた。現在、阿佐ヶ谷で名曲喫茶「ヴィオロン」を営んでいる寺元健治さんだ。
「当時はお金なんて全然なかったけど、ラジオ少年だったからオーディオの知識だけは少しあったんですよ。あるとき、『中野クラシック』のアンプを全部作りなおしたことをきっかけに、マスターの美作七郎さんがごはんを毎食食べさせてくれて、いろんなことを教えてもらいました。いい出会いに恵まれた、いい時代でした」
店の正面にあるのは世界最大級の蓄音機「クレデンザ」。寺元さんの手で針が落とされると、まさに今、目の前で演奏されているかのような迫力で音が迫ってくる。「蓄音機による空気の振動状態は、管楽器とほとんど同じ。だから、生演奏に似た音が出せるし、音質もすごくクリアなんです。でも日本では、SPレコードはノイズが多いもの、と誤解されていたのが悔しかった。せめて私が生きている間は、本物の音を残さなければ」
そんな思いを込めて、毎月第3日曜に「21世紀にこれだけは残したいSPの名演奏」と題した演奏会を開いている。海外のオークションを通して取り寄せたSPレコードを、寺元さんが選んだ針で演奏する。「針は2年に1度、フランスやドイツに出かけて直接買い付けています。演奏会の前日には、深夜遅くまでレコードと針のチューニングを行います。どんな世界でも、こちらが究極までやらないと相手には伝わらないから」
毎夜、夕方6時頃になるとライブが始まる。琵琶やシャンソン、ピアノ、サックスなど、ジャンルはさまざま。店の使用料が無料ということもあり、ライブの予定は一年先までいっぱいだ。プロ・アマチュアを問わず1ドリンク付きで1000円のみ。「あまり音楽を知らない人でも、ふらりと店に入ってきて欲しい」という寺元さんの願いからだ。
ドリンクはすべて350円。食べ物の持ち込みは自由で、同じ日なら店の出入りも自由だ。コーヒー1杯で何時間でも好きなように過ごせる、という贅沢。曲をリクエストして音楽に浸る人もいれば、一日中思案にふける人もいる。名曲喫茶が流行した昭和の時代そのままの空気が、今も息づいている。
取材・文/渡辺裕希子 撮影/関根則夫

1.デザインから内装、音響まで寺元さんが8カ月かけて作りあげた。「中野クラシック」の美作さんが描いたデッサンも飾られている。
2.これが世界最大級の蓄音機。家庭では決して聴けない音は、衝撃的だ。
3.店の奥には、「中野クラシック」から移築した壁やテーブル、ソファなどが昔と同じ配置で並ぶ。その懐かしさに涙する人も。脚本家の野島伸司さんをはじめ、ここから巣立った著名人は数多い。
4.ブランデーかミルクを添えて出されるコーヒー350円。ブランデーを入れると香りが立ち、まろやかな味わいになる。店の隣にはタイ人の奥様による本場のタイ料理店があり、こちらも人気。
ヴィオロン
東京都杉並区阿佐ヶ谷北2-9-5
03-3336-6414
12:00~23:00
火
紅茶350円、ミルク350円、ココア350円、オレンジシュース350円
なし


