下北沢の駅から歩くこと10数分。「こんな場所に本当にあるのだろうか…」と不安になった頃、住宅街に佇む小さな店を見つけた。扉を開けると、天井からは無数のアンティークランプが吊るされ、壁には年季の入った柱時計が。ここは、おいしいコーヒーが飲めるだけでなく、目の前でマジックが楽しめる、ちょっぴり不思議な喫茶店なのだ。
ベレー帽が似合うマスターの作道明さんは、もとは百貨店で働くごく普通のサラリーマンだった。彼の人生を変えたのは、2つの出会い。ひとつめは、初代引田天功さんとの出会いだ。「デパートで実演販売をしていた天功さんに手品を教わって、友人たちの前で披露したんですよ。当時は手品が出来る人なんてほとんどいなかったから、みんなに『すごい、すごい』って褒められてね。それで調子に乗って、天功さんが売っていた手品道具をほとんど全部買っちゃったんです(笑)。それから天功さんのところに入り浸るようになり、弟子入りさせてもらいました」
もうひとつは、国立にある「邪宗門国立店」との出会いだ。創業者からコーヒーの淹れ方を教わり、マジックの腕をさらに磨いた作道さんは、昭和40年に自宅を改装して小さな喫茶店を開く。当初は反対していた奥さんをなんとか説得し、二人三脚での船出。それから43年、お客さんの前で毎日のようにマジックを披露しつつ、自慢のコーヒーを淹れるマスターは、実にいきいきと楽しそうだ。
店内奥にある茶室には、ママが大好きな美空ひばりのブロマイドやレコードが展示されている。ゼンマイ式の蓄音機やジュークボックスもあり、好きな曲をリクエストすることも可能。蓄音機で聞く「リンゴ追分」には、CDにはない深い味わいがある。「CDを持っているのに、『蓄音機の音で聴きたいから』と言ってわざわざ来店してくださるお客様が多いんです。音楽を聴いたり、昔話に花を咲かせたり、ファン同士の交流の場となっています」と、ママ。
コーヒーやマジックだけでなく、美空ひばりまで楽しめる。この不思議な喫茶店を支えているのは、互いの趣味を認め合い、助け合う夫婦愛なのかもしれない。
取材・文/渡辺裕希子 写真/田頭真理子
1.土地柄、昔から多くの文化人や作家が来店していた。初代引田天功も遊びに来ていたとか。
2.作家の森茉莉がいつも座っていた席。お気に入りのバターを持ち込み、「ボトルキープ」ならぬ「バターキープ」をしていたという。
3.ママの美空ひばりコレクション。「芸能生活30周年」のレコードは、全15枚揃っている。
4.約50年前から働き続けるジュークボックス。ドーナツ盤のレコードを、当時の懐かしい音で聴くことができる。
5.黒蜜のかわりにコーヒーをかける、あんみつコーヒー700円。コーヒーの苦味とコクが、たっぷりのあんと好相性。
邪宗門世田谷店
東京都世田谷区代田1-31-1
03-3410-7858
9:00~18:00(閉店時間が早まることもあり)
木
ブレンド(モカベース)500円、ストレート650円、ウインナーコーヒー700円、ロイヤルミルクティー650円


