高さ3mはある巨大なスピーカーから奏でられるクラシックの調べ。ただ音楽を聞くという目的のためだけに通い、その音色にじっと耳を傾ける人々――ここには、かつて60年代に全盛した名曲喫茶としての正しい姿が今もある。
「立体的な音がしないとダメだとこだわって、レコードプレーヤーも特注。スピーカーは音の周波数までパイオニアの技師と相談して設計したものなんですよ。おかげで音のひずみも無く、コンサートホールみたいな音がするんです」とは、石原圭子さん。昨年、2代目店長を勤めていたご主人が亡くなってからは、代わりに店を守り続けている。
店名の「ライオン」は、ロンドンにあるライオンベーカリー直伝のネルドリップコーヒーに由来。濃厚な味わいと香りがくせになる客が多いというのも頷ける。
荘厳な雰囲気が漂う店のデザインはすべて、初代店長の山寺弥之助氏がヨーロッパをイメージして手掛けたもの。黒光りする柱や椅子の一つに至るまで店が刻んできた歴史と昭和のエレガンスを感じる。
創業は昭和元年。戦時中も「黒獅子」という名前で営業を続けたという。昭和20年の東京大空襲により全焼したものの、5年後にまったく同じデザインで再建されたのが現在の店舗である。
「全盛期の昭和35、36年ごろは連日満員でね。ヨーロッパの最先端の音楽が聴けると、若者たちがたくさん集まってきました。東大生はここで出席をとったほうが早いと言われたぐらい(笑)。芸術論を戦わせる学生たちや、舞台俳優、画家、裏手に3軒あった映画館から流れてくるカップルなど、さまざまな人がいてね。今の天皇陛下も高校生の頃にいらしたこともありましたよ。メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトを1曲だけリクエストしてさっと帰られたけど、きっとお友達から店のことを聞いて来てみたかったんでしょうね」
壁を埋め尽くすレコードは5000枚以上。15時と19時からは「定時コンサート」と称して、店で選んだ曲をかけるが、それ以外はリクエストも可能。「指揮者が○○のもので」「○○の第3楽章から」というマニアックな指定や、自分で持参したレコードをかけてほしいというリクエストも少なくない。
パイプオルガンのような巨大なスピーカーから音が降り注いでくるような荘厳さは、さながら教会にいるようだ。祈りを捧げる、そんな気分で音楽を聞くと心も洗われるはずである。
取材・文/宮原香菜子 撮影/田頭真理子
名曲喫茶ライオン
渋谷区道玄坂2-19-13
03-3461-6858
11:00~22:30
正月・お盆
コーヒー500円、ココア570円、レモンティー520円、レモネード670円



