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GUITAR LEGEND

第5回 野呂一生 インタビュー


野呂一生

 カシオペアのリーダー、そしてメインコンポーザーとして30年近く音楽活動を続けてきた野呂一生。そのカシオペアが活動を休止してから1年半を経て、野呂一生が新しいプロジェクト「ISSEI NORO INSPIRITS」を立ち上げ、通算5枚目のソロアルバム「INNER TIMES」をリリースした。トップ・ギタリストとして一線を走り続ける野呂一生に、この最近の活動を中心にインタビューした。

―――カシオペアでの活動とソロプロジェクトでの活動との違いはどんなところにあるのでしょうか。
「来年で30年になるんですが、ずいぶん長い期間バンドやっていて、(カシオペアとしての)歴史をひきずり過ぎてしまっている自分に気がついたんですね。カシオペアでの活動を休止してからも作曲は続けていたのですが、それは、一度しがらみを断ち切ったうえで自分がほんとうにやりたいことは何なのか、ということを模索していたんです。そして作品が出揃った段階で、新しいソロプロジェクトにしようと考えて作り上げたのが今回の作品なんです。

――「しがらみ」というは、創作活動において、いつのまにか“自分で自分の模倣をするようなことになっていた”ということなのでしょうか。
「まさに、その通りなんです。(カシオペアは)30年もよく続いたと思います。年齢的にも折り返し地点に来たなということは感じていますから、もう1回、自己紹介みたいなことができたらなぁと思ったんです」

――「INNER TIMES」というタイトルにはどういう意味があるのでしょうか。
「時間というのは、一瞬がすごく長く感じたりそうでなかったり、実際の時間と自分のなかで流れている時間とは違っていたりしますよね。そういうところがすごく面白いなっていうことで、全曲、時間の不思議さみたいなものを感じられるようなかたちにしてみたかった、というのが今回のアルバムです。それと、アルバム1枚通して聴いたときの感じを大切にしました。曲順や曲間の長さもふくめてアルバム全体を作品としてとらえて構成していますので、ぜひ、それをふまえたうえでの聴き方をしていただければと思います。

――新作は80年代フュージョン的な、あったかみのある音ですよね。
「いちばんやりたかったのは、いままでやってきた自分のスタイルが全部網羅されたようでいて、しかもプラスアルファーがあるような、そういうサウンドでした。ですからメロディとか音色とかも、かつてやったようなものに近いものもけっこうありますね」

――今回のギターのサウンドはどうですか。
「今回はギターアンプのスピーカーを使っていませんので、1曲ごとのギターの特徴、サウンドの違いがよりハッキリ出たんじゃないかという気がします。スピーカーをとおしてしまいますと、どうしてもそのスピーカーの特性に左右されてしまうところがありますけど、今回はそれがありませんから。また、スピーカーをマイクで録ると鋭さに欠けるところがあるんですよね。それをもう少しクリアにするために全部ラインの音を録りました。ギターは全部で3台使いました。すべてヤマハ。以前から使っている「IN-1野呂一生モデル」という自分がデザインしたモデルがメインなんですけど、それと、ツインネックのフレットレスで1曲、それと新しいフレットレスも使いました」

――野呂さんから見たヤマハのよさとは?
「信頼性が高いですよね。どういう状況下でもちゃんとした音が出せる。アマチュア時代にヤマハのイーストウエストというコンテストに出て、その第1回目のベストギタリスト賞をいただきまして、そのときの商品がSG2000でした。いまだに家にありますけど。しっかりしたつくりで、音の伸びもいい。ネックも太すぎず細すぎず。その当時、日本のギターってネックがやたらと細いのが多かったんですよ。指が余っちゃうぐらい。ぼくはギブソン系が多くて、SGの前に使っていたのがレスポールDXだったんですけど、ネックの形状もそれとほとんど変わらないし、シェイプも好きだったので、それからはずっとヤマハです。ただ、重さがね、あとになって腰をやられたりとか、そういうのがあって、それで自分用の軽いモデルを作ったといういきさつがあるんです。 一昨年ひさびさにSGの試奏会がありまして、そのときにやっぱりSGを持った感じがすごくなつかしいし、しっくりくるなということで、SGをもう1回ちゃんと使いたいと思ったんですけど、重たいのをなんとかしたいということでね、なおかつ、もっといろんなタイプの音楽に適合できるような深みのある音がほしいということで、その2つの要望から今回、ギター2本を製作してもらったんです。かぎりなくセミアコースティックに近いんで、ひずんだ音で弾くときもそうなんですけど、とくにクリーンな音で弾いたときの奥行き感というのがね、とてもいいんですよね。いろんなタイプの音楽に適合できるかなと思います」

――ところで野呂さんご自身のギターレジェンドは?
「けっこう影響を受けたのは、70年代のブリティッシュ・ロックのギタリストです。ジミーペイジやジェフベック。それからアメリカだとサンタナやグランド・ファンク・レイルロードのマーク・ファーナー。そのあとに影響を受けたのがウエス・モンゴメリーとかジョーパス、タル・ファーロウーなどのジャズ。それからマハビシュヌオーケストラのジョン・マフラクリンにパコ・デルシア…。もう名前を挙げるときりがないですね。また、ちょうどアマチュアでいろいろなスタイルを取りいれているときに出てきたのが、ラリー・カールトンやリー・リトナーで、ああ、この人たちは自分がやろうと思っていたことに近いことをやっているなという感じはありましたよね。そういういろんな要素がまじってできあがったのが自分のスタイルという感じですね」

 

写真=梁瀬岳志 文=編集部




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第4回デレク・トラックス インタビュー


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 エリック・クラプトン、デレク、オールマン...とくれば、フラワームーヴメント世代ならまず思い浮かべるのが名曲「レイラ」と伝説のバンド「デレク&ドミノズ」だろう。まさにそのイメージをファースト・ネームに背負った男。それがデレク・トラックスだ。しかもそのギター・サウンドはアンプ直のロック直球勝負。こんな芸当のできる男がなんと28才の若者というから二度びっくりである。

 デレク「アンプはフェンダー・スーパーリヴァーブ。もちろんエフェクターは何ひとつかましていないよ。ギターはギブソンSG。アームブリッジをストップ・テールピースに変えてある。クリーンからディストーションまで欲しい音は全部出せるよ。」

 この言葉通り、恵比寿リキッド・ルームでのライヴではスライド・バーでの名人芸に指弾きでの絶妙なニュアンスも加味、縦横無尽にギターがシャウトするかと思えば繊細に響くという、まさに自在に音色を操っていたのだ。 

 デレク「スライド時の指弾きでピックを握り込むのが面倒でいつの間にか全て指弾きになってしまったんだ。でも指弾きは細かいニュアンスを表現するのに最適だった。」

 また彼はレギュラーチューニングではプレイしていない。 

デレク「18歳の時のアルバムではジャズ的楽曲を主にプレイした。レギュラーチューニングとは異なった発想やフレーズで弾けるのもメリットなんだ。オープンEでずっと弾いてきてるので、普通のチューニングをもう忘れてしまった。(笑)」 

セカンド・アルバムからはデルタ・ブルースへの原点回帰を果たし、自己のバンド・サウンド追求に迷いの無い直球勝負はますます冴え渡る。
 

文=広瀬眞之




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第3回『あなたはフェンダー派?ギブソン派?それとも…』


ギブソン

 俗にフェンダータイプ、ギブソンタイプと呼んで2大別することも多いギター世界だが、この2つは、ピックアップではシングルVSハムバッカー、ボディはフラットトップVSアーチドトップ(ボディ表面が平らか盛り上がってるか)、スケールは25.5インチVS24-1/3インチ、ブリッジはトレモロアームvsストップテールピース...というように、どこまでも対照的な仕様ではっきりと個性が別れる。
  さて、あなたはどちらが好きですか?
 100年の時を積み重ねた王者の風格の味わい「ギブソン」か、はたまたかつてベンチャーの雄であり先進の気概に溢れたサウンドを今に伝える「フェンダー」か。もう少し機種的に言えばこれは、レスポール+ES335軍団vsテレキャスター+ストラトキャスター部隊という線引きでもある。
 テレキャスターをデビューさせたレオ・フェンダーが、続けて世に送り出したのがストラトキャスターだ。ストラトと言えば先ず思い浮かぶのがジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトンだろう。彼等がこぞって使用してきたことでストラトキャスターは不滅の地位を獲得した。'69年夏のあのウッドストックではジミヘンがストラトキャスター、ジョー・コッカーのバンドがレスポール、サンタナはSGを使用。またこの頃、クリーム時代のクラプトンはまだES335使用でストラトキャスターに変わるのはもう少しあとのことだ。当然だが当時の世界中のギター小僧がこれらの影響をたっぷり受け、ここからフェンダーとギブソン両者の“終わり無きバトル”は開始されたのだ。 さて、あなたはフェンダー派? ギブソン派?それとも……。

文=広瀬眞之




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第2回『巨象に挑んだ蟻〜その名はレオ』


フェンダー

 世界にその名を広く知られる「ギブソン」は、オーヴィル・ギブソンという1人の優秀なマンドリンとギターのビルダーが全ての始まりだった。会社設立は1902年、まさに20世紀の幕開けとともにギブソンの歴史も幕が上がる。もっともこの頃はギターよりもバンジョーとマンドリン製作の方が盛んだったらしいが、ことギター製作に関してはオーヴィルの秘伝的手法だった“単板削り出し”と呼ばれる製作方法を頑なに守り続けた。これはボディ製作時に薄板を曲げて成型するのではなく、厚板から削り出すことで贅沢な作り方だ。勿論ボディは中が空洞(ホロウボディ)、今に至るこの頑なさがギブソンの魅力・人気の源でもある。第二次世界大戦終了後の頃には既に世界に君臨し始めた、業界の巨象でもあった。 
 ところがある日、同じ老舗メーカーのマーティン、グレッチ、ギルドらと交流を保ちつつ着実に天下を取ってきたこのギブソンに対して、その社交界に全く属さないある男がカリフォルニアから突如出現し、巨象に牙を剥いたのだ。その男がフェンダーの創始者レオ・フェンダーである。真っ平らな只の板をくり抜いただけのボディ(ソリッドボディ)にボルトで取外し可能なネック(デタッチャブルネック)という、それまでの常識を覆す彼の数々のアイディアの登場は、“大量生産”というまさにアメリカ的な発想がギター製造業界に持ち込まれた最初の瞬間だったのだ。

文=広瀬眞之




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第1回 果てしないギター銀河


 ギター無くしてギタリストは存在しない。当たり前のような話しだが、“楽器はギタリストを触発し、ギタリストはアイディアの実現を楽器に要求する”という相関関係は結構忘れられがちで、最近ではプレイヤーの技巧ばかりに注目が集まることもしばしばだ。しかし忘れるわけにいかないのは、楽器もまた素晴らしい人間ワザによって産み出されているということだ。
 現在のギターは、エレクトリックからアコースティックに至るまでその本体構造の多様さだけでなく様々な機能も装備されている。ブリッジ部分だけでもストップテールピースからフローティングされたトレモロ・ブリッジなど、またピックアップもアクティヴタイプやピエゾからMIDIピックアップに至るまで様々だし、さらにはロックナットやファインチューナー、EQやブーストなど、数十年に渡り数多くのギター・ビルダー、メーカーによって開発蓄積されたこれらのアイディアはまるで夜空にきらめく星々のようだ。今では楽器店に行きさえすればその全てを見ることができ、あたかもそこが絢爛豪華なプラネタリウムのようでもある。しかし、これらのきらめく星々もその軌道をたどって源流を探ってみると、ふたつの大きな銀河にたどり着くことができる。そう、「フェンダー」と「ギブソン」だ。そして、このふたつの偉大な銀河を中心にして、ギタリストを触発し続けてきたギターという楽器には数々の興味深いストーリーが隠されているのだ。

文=広瀬眞之


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