2009.12.22UP
僕の親はお小遣いというものは決まった額しかくれなかったが、本を買うというとほとんど無条件で買ってくれた。高校に入学が決まった時、親に『モーターマガジン』をとりたいと言ったら、すんなりオーケーが出た。"とりたい"というのは、当時本屋さんは発売日に本を家へ届けてくれるシステムだったからだ。
その頃は乗り物好きの僕の興味がHOゲージや、Uコンの飛行機から自動車に完全にシフトした頃で、毎月届くこの雑誌を繰り返し読んでいた。 最初に届いた1959年の2月号は僕に大きな影響を与えてくれた。
この号の特集が"炉端の楽しみ、自動車エンスージストの横顔"という記事で、世の中にはこんな人達がいるんだと中学生の僕は驚いた。エンスージアストという言葉は、今でこそエンスーと略されて多くの人が使っているが、当時の僕には初めて聞く言葉だった。辞書でensu---と引いていっても出てこない。その後にenthuse、enthusiasm、等の言葉が見つかり、その名詞型でエンスウジアスト―enthusiast(熱心家)などという妙な言葉が見つかり、なるほどこの人達は自動車に夢中な人達なんだということがわかった。
その12人の自動車熱心家が語る話は、カタログ、ミニチュアカーなどの収集、修理、レストア、写真撮影などそれぞれの好みが出てとても面白い記事だった。その中に、外国のメーカーに直接カタログを請求するというのがあって、これは従兄に協力してもらってすぐに実行に移したし、個人的には小林彰太郎さんのパイプ・ドリームという記事と浜徳太郎さんの古い自動車の収集などに興味を持った。

さすがに浜先生(皆さん浜さんをこう呼んでいたので)のように古い車を何台も持つということはできなかったが、小林さんのパイプドリームは、パイプをくゆらせながら雑誌で中古車のマーケットをみて「自分ならこの車をどうする」というふうに想像するということだったから、タバコは吸っていなかったが高校生の自分でもできると思い、売買欄を熱心に見て、この車はこうしようとか想像を膨らましていた。

最近実家から昔の雑誌や写真などを持って帰って来たのだが、その中に『モーターマガジン』の1960年2月号から62年のまでの号があったので、それらを読み返してみた。そしたら、パイプドリームの楽しみ方というのは、古い部品や車を機会があるごとに買いためておいて、将来時間ができたときにパイプでもくゆらしながらそれをレストアする日を想像することだと知った。
車ではないが、僕はずっとバイクの部品などをかれこれ10年近く集めていて、家はバイクの部品で溢れかえっている。そろそろそのパイプドリームを実践する時期かなと思いつつ、実現できないでいる。最近のスーパーカーグラフィックという雑誌を見ると、あの小林さんはそのパイプ・ドリームを実践なさっているようでうらやましい限りだ。
この2月号でもう一つ僕にとって重要な記事は、ランチャ・フラミニアの記事だった。
当時ピニン・ファリナというカーデザイナーの名前を知っている人はそういなかったはずなのだが、彼のデザインしたフラミニアが輸入され、特集されたのだ。子供心にかっこいい車だなと思い、その雑誌で連載されていた五十嵐平逹さんの自動車形態ノートにも載っていたようなツートーンに塗り分けたフラミニア(写真はフロリダ)を将来買いたいなと思った。
