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2009.12.04UP

#107 上田雅利「イエロー・サブマリンで使われた? 幻のベルは今どこに」

●オレがビートルズを聴かせてやる!

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兄が洋楽ファンで、彼の部屋には100枚以上のドーナツ盤があったんですよ。それで中2の頃は、兄の影響で洋楽ばかり聴いていました。でも彼の部屋にあったビートルズのレコードは「マイ・ボニー」。トニー・シェリダンのバックバンド時代(61年)のレコードだから、リード・ボーカルはトニー・シェリダン。「なんだよビートルズは歌ってねえじゃん!」と、がっかりしたのを覚えてます。だから、ビートルズはもっぱらラジオから聴いていました。『9500万人のポピュラーリクエスト』『東芝ヒットパレード』、それから米軍向け放送のFEN。

――ビートルズのどこに惹かれましたか?

"ビートルズ=不良、不潔、うるさい"というイメージを大人たちが作り上げていたので、保守的な僕には縁がないと思い(笑)、最初はビーチ・ボーイズやジャン&ディーンといった美しいコーラスを聴かせるグループを聴いていた。でもビートルズの、ハイトーンで強くてガツン!とくるコーラスに惹かれて、いつのまにか自分の中でビーチ・ボーイズがビートルズにすり替わっていましたね。なんと言ってもファルセットがカッコよかった。

――いちばん好きなアルバムは?

うーん。というか、いちばん困ったアルバムが『ラバー・ソウル』。

――困ったというと?

ビートルズに夢中だった僕は、友達にビートルズの音楽の素晴らしさを教える "布教活動"を行っていたんです(笑)。でも『ラバー・ソウル』を買って聴いたとき、大ショックを受けた。なぜかというと、全然彼らの音楽が理解できなかったから。まず1曲目「ドライヴ・マイ・カー」のイントロ。すでにドラムに興味を持っていた僕は一緒にビートを刻もうとするんだけど、どうしても合わせられないわけよ。アタマのビートがとれない。途中からしか合わせられないこの惨めさ。これじゃ人にレクチャーできない。どうすればいいんだ。「ユー・ウォント・シー・ミー」「シンク・フォー・ユアセルフ(嘘つき女)」「ザ・ワード(愛のことば)」も、ハーモニーが解析不能。お願いだから、シンプルな、僕が分かるビートルズに戻ってくれ、と切に思いました。それで学校から帰って毎日、何回でも、分かるまで聴こう、と決めた。

――どのくらい聴き続けたんですか?

1カ月くらいかな。毎日聴いていたら、ある時スコーン! と抜けた。ひょっとしたら自分でもコピーできるかもしれない、と思った瞬間ですね。まず5度のコーラスが解析できた。「ドライヴ・マイ・カー」もアタマの3拍半が隠れていることが分かった。それまで遠い存在だった『ラバー・ソウル』が、ようやく僕の左右の耳に張り付いてきた感じで、それからの僕は"宣教師"ですよ。オレがちゃんとビートルズを聴かせてやる! とばかりに友人たちにレクチャーして。


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(写真左)自宅に保管してあった当時のドーナツ盤。「1枚目はすり切れるまで聴いたので、ほとんどが2枚目。3枚目というのもある。LPはプレイヤーの針がないから全部処分してしまった。後悔しまくってるけどね」

●アビイ・ロード・スタジオで見つけたベル


――74年にはチューリップとしてアビイ・ロード・スタジオでレコーディングしたこともありますね。

ビートルズが「愛こそはすべて」をレコーディングしたスタジオで。これがポールの弾いたフェンダー「ローズ」だとか、ジョンが叫んだメガホンだとか教えられてみんなで歓声を上げてたんですが、その中に、手のひらに乗るサイズのベルがあったんです。こういうちょっとした打楽器は、スタジオに置いてあるものをレコーディングに使うことが多いんですが、そのベルをカラカラと鳴らしてみたら、あれ?この音は?と思い、エンジニアのジョンに「イエロー・サブマリン?」と尋ねてみた。すると彼は「あ? うん」と。えええっ? たしかにあの曲でベルの音は3種類くらい鳴っていて、その高いほうの音っぽかった。それで、冗談で僕はジョンの目前でそのベルを自分のバッグに入れるふりをしてみたんです。すると彼は、見て見ぬふりをするわけ。持って行っていいってこと? と思ってバッグに入れても、彼は横向いたまま。バッグを閉めたら、ニヤっと笑ってくれた。あまりにも嬉しくて、みんなに「これはイエロー・サブマリンで使ったベルだ」と自慢しながら持ち歩いてました。そうしたら、悲劇が起きたんです。

――悲劇?

函館か旭川か忘れましたが、ライブ会場の楽屋に置いておいたら泥棒が入って、いろんな荷物と一緒に盗まれてしまいました。

――あああああ...。

相当ショックでしたよ。本物かどうかは半信半疑だけど、おそらく本物だと思う。ビートルズを溺愛するバンドが日本から来たので、常備品のベルひとつくらい上げてもいいかな、と思ってくれたんでしょうね。盗んだ奴もそんなお宝とは知らないから、きっと捨てられてるだろうな......。


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75年、チューリップが所属していた東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)からもらったポール・マッカートニー&ウイングス「あの娘におせっかい」のサンプル盤。「ウイングスのサンプル盤をもらうなんて、なんてことをオレはできるようになったのか、と感動しました」


●リンゴの偉大さを分かっているのはドラマーだけ


――ビートルズをコピーする機会が多いと思いますが、コピーで苦労したことはありますか?

かなり昔、チューリップの前身で、ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドから命名した「傷心楽団」というコピー・バンドで「サムシング」を演奏することになったときのこと。あの曲はオーバーダビングだらけで、サビ部分も後から三連符のタムを乗せてるんだけど、そんなこと当時は知らない。どうやったらレコード通りに叩けるか相当悩んだ結果、"3つ打ち"を考案したんです。サビ部分のトトト・トトト・チチチ・タタタ......をタム→タム→ハイハット→スネアで3つずつ叩く。10代で考えたこの手法、いまだに「サムシング」を演奏するときは使ってますね(笑)。

――ある意味、リンゴ・スターよりもスゴイことやってるんじゃないですか?

リンゴ・スターの才能については、僕なりの意見があるんですよ。彼のことをリズムが悪いとか評する人もいるけれど、世界中でリンゴの真のスゴさを分かるのはドラマーだけだと思う。彼は野生児で、絶対に普通の人がやらないようなアプローチをしてくる。左利きでありながら、右利きセットを右利きのスタイルで叩き、かと思うとフレーズだけ左から叩く。敢えて左利きのノウハウを逸脱するように冒険するんだから、ビートが揺れるに決まってるよね。でも彼をコピーしてみて初めて、こんなアプローチしてたのか! と驚かされることはたくさんあるんです。いまだに彼のことを完璧にコピーできる人はこの世にいないんじゃないかな。

――ビートルズのコピー・バンドをやる楽しさは?

この年になってビートルズをコピーできるなんて最高ですよ。今やっているディア・ビートルズやレボリューション-9(マイナス・ナイン)など、音楽業界で生き残ってきた力量のある連中とビートルズを演奏できる。チューリップ時代はビートルズの中期・後期の音を目指したけど、今は初期でも何でも演奏できちゃう。こんなに楽しいことを仕事にして悪いな、と思ってます。

取材・文/松田ようこ



上田雅利(うえだ まさとし)
ミュージシャン

1950年10月2日、福岡市博多出身。72年チューリップのドラマーとしてデビュー。80年脱退後ALWAYS、Piccadilly Circusなど数多くのバンドで活動し、97年以降チューリップ再結成に参加。現在もソロとしてバンドのドラマーとして活躍中。ソロ・ライブ『ノスタルジア・ツアー』を2009年3月〜12月まで10カ所11公演開催し、ラストは12/23、青山・月見ル君想フ。リアル・ベンチャーズ・グルーブバンド"SLV (Soft Landing Ventures) "ライブ(上田雅利/戸田誠/山本耕右/小山将平)12/26、赤坂Jaka'z。ビートルズ・リプロダクションバンド"REVOLUTION-9"ライブ(上田雅利/伊豆田洋之/杉原英樹/太田シノブ)12/27、六本木CAVERN CLUB。Dear BEATLES 2010ライブ(杉真理/坂崎幸之助/リッキー/上田雅利/伊豆田洋之/風祭東ほか)2/20、市川市文化会館大ホール。

オフィシャルサイト http://www.masatoshi-ueda.com/



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