2010.02.08UP
例えば初恋の人に20年ぶりに会ったとして、
それまでに勝手に自分が創った現在のイメージからかけ離れてしまっていて、
勝手に落ち込むという、、、僕のパラダイス幻想もまさにこれでした。
毎度ばかばかしい話を一席。
10代の頃に夢想したハワイ、しかもオールド・ハワイを体感出来るという
ハワイ島の街=ヒロに録音で行けると聴いた時は小躍りしました。
前年はホノルルでの強行レコーディングでしたが
今回はのんびり2週間弱も別荘を借りてそこで録音するという企画。
旅先でレコーディングをテーマに現地に赴きスタジオではない空気感を
音と写真に収めるという333discsとmille booksの共同企画で
ハワイ島のヒロに行ったのは2006年の事でした。
ようやく念願の土地に行けるという興奮は現地についても収まることはなく、
宿泊の別荘(と同時にスタジオも兼ねる)に着いて、
「ああ、仕事でこんな所まで来れるようになったのか」と思ったりもしました。
同行したのは伊藤ゴローさんと青柳拓次くんと写真家としてタミーやその他スタッフの方々。
日本では考えられない大きさのリビングをスタジオ環境にアレンジして
これからの作業に備えました。眼下には広い芝生の庭。もちろんヤシの木。


そういえば、その別荘に向かう途中でどんとさんが息を引き取った病院を通った。
なんて素敵な病院を選んだのだろう、そう思った。
生前のどんとさんとは何度かお会いしましたがその話はまたいつか、、、。
僕らの泊まった別荘は街(と言っても小さいですが)からは離れていて、
スーパー等も徒歩圏内にはない、しかしながら高級住宅地でした。
毎日の食料等はスタッフの方々が買って来て頂けるので我々は録音に集中出来る!
、、、はずでした。
到着の翌日から作業を始めたものの
まずはこの土地の魅力でもありますが、雨にたたられました。
ご存知の方も多いと思いますが、ハワイ島(通称ビッグアイランド)は大きく分けて
島の西側と東側で大きく天候が異なります。
ヒロのあるこの東側は雨も多く所謂ハワイ~~というピーカンな場所ではありません。
時期ももちろん関係します。我々もそれは知ってはいましたが、
いかんせんスタジオ環境からして外の音を確実に拾ってしまうので、
このままだと全曲、雨の中のアルバムになっちゃうねという感じでした。
それでも一日中雨というわけではなく頻繁に降ったり止んだりなので、
その合間をぬって録音すれば良いさとタカをくくっていた。
その間は各自、本を読んだり、景色を眺めたり、なんて素敵な時間の過ごし方!
やっぱり最高だなぁ~!と思っていました。
雨が止んで、さぁ作業再開!と思ったら外から爆音が!
芝刈り機の音でしかもかなりデカイ(笑)!
後で聞いたのですが、この辺りの条例か何かで絶えず庭を奇麗にしておかねばならないらしく
彼らは住民ではなく地域で雇われているとの話でした。
ともかく彼らも僕らも雨の時間は休み、止んだら働きたいのでありました。
雨ならまだしも芝刈り機はさすがに、、、。
さらに我々は夜6時だか7時だか以降は音を出さないとの約束だったので
作業が滞る事なんの(笑)
懐かしい。
おまけにスタッフは街の方のコテージで宿泊で彼らがレンタカーを管理していたので、
我々は気がつくと高級別荘に半ば監禁された状態でした(笑)
いっこうに作業は進まず、さらには青柳君が時差でダウン。
あの期間中、一日で青柳君が集中して作業出来たのは
トータルせいぜい一時間程度じゃなかったかな(爆笑)?
1テイク録ると「ちょっと気分が、、、」と言って自分の部屋に戻ってしまい、、、。
そういえばそんな状況を見かねて333の社長の葉子さんが気晴らしに行こうと、
みんなで海に行った。ようやくハワイ島を満喫か!と喜んだものです。
その間、所要時間、約一時間位でしたか。
ようやくビーチに着いてみんな海で潜ったりし始めた矢先、ものの15分、
うなだれた青柳君の後ろ姿を見て駆けつけると、
親指の爪が見事に剥がれているではありませんか!
言うまでもなく作業の後半戦も青柳君は絶不調。
この旅中ついてなかったね!青柳君は(笑)

帰りに寄ったヒロの街で一人の老いた路上演奏家を見つけました。
僕は気がつくと彼にレコーダーを向けていた。
空を爆音の飛行機が横切った後、老人はおもむろにトランペットを吹きました。
その曲は「マイ・ブルー・ヘブン(私の青空)」だったのです。
僕が子供の頃、親父のレパートリーで唯一大好きだった曲です。
子供の頃のある日、テレビのCMでこの曲が流れて母親に
「お父さんの曲がCMで流れてるよ!ちょっと歌い方が違うけど」と言うと、
母親が台所から冷静に「ああ、きっとホンモノの方よ」と言われた。
、、、ショックだったなぁ(笑)
この老人の演奏は自分のアルバム「12notes」の最後に使わせて頂きました。
あの方はまだ演奏しているのでしょうか?


僕はこの珍道中の中でひとつ気がついた事がありました。
それは自分は元来のんびりとした人間ですが、
環境まではのんびりしたものを求めていなかったという事です。
作業中、仕事が進まない事にイライラし、気がつくとあれほど好きだった、
スタッフを無理矢理説得したはずのハワイの事が嫌いになっていました。
今になって冷静に考えれば、
仕事で行くのと遊びに行くのの区別が出来ていなかったのかもしれません。
その翌年に行った上海はうってかわって体質に合っていました。
下世話な街が、街の雑踏が体質に合うのでしょう。
子供の頃いつも吉祥寺のディープな所で遊んでましたからね。
保育園が終わると家を通り越して喫茶店へ。そのままハモニカ横町に行って
最後は雀荘まで、、、何という生活だろう(笑)
、、、話が横道にそれました。
、、、上海の話はまたいつか。
それでもどうにか作品は出来上がったのです。
今はようやくこの作品を、あの時間を振り返る事が出来ます。
不思議なもので難産だったこのアルバムは評判がよく、意外な方々から
「良かったよ!」なんて言って頂きました。
その方の中に三浦光紀さんがいました。
三浦さんは僕の親父のアルバム「ごあいさつ」など
ある意味、最良期の作品を残したレーベルのベルウッドの設立者であります。
はっぴいえんども同じレーベルでしたね。
去年偶然その三浦さんにお会いした際にハワイの話をされてビックリしましたが、
まさにその別荘の共同経営者の一人が三浦さんだったとの事。
、、、因果応報でしょうかね。
パラダイスというのは日々の忙しい生活の鏡のように、
現実には有り得ないものであるから美しいのかも知れませんね。
またいつかヒロに行きたいと思います。
でも今度は仕事抜きが良いですね。
高田漣
*現地での写真は携帯で撮ったものなので
画質のクオリティーはすいません。
詳しくは本アルバムをご購入下さい(笑)
