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2010.03.08UP

パリの空の下での話

歌に生きた人の歌は言葉を超えて響く。
中学生だった僕も東京の西側で心を震わせていた。

毎度ばかばかしい話を一席。

今日たまたまテレビの映画チャンネルで
「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」を観ました。
第二次世界大戦前の混乱したパリの街並の描写が素晴らしく、
登場する人物のほとんどが弱く、荒んだように見えるが、
その泥臭い人間臭さが愛おしく思えました。
同時にこの話が事実に基づいて書かれているという、
破天荒で、数奇なピアフの運命をあらためて噛み締めました。

以前もこのコラムで書きましたが(ザ・バンドの回を参照)、
小学生~中学生だった僕は毎週、小林克也さんの「ベストヒット USA」を観ては
遠く北米大陸や英国産のポップスに心を奪われていました。
時代的にカルチャー・クラブとかシンディー・ローパーとかです。
そんな僕がお小遣いを貯めてアナログを買って生涯の指針に、、、
、、、なんて格好良い出来事でもあればこのコラムも格好がつくのですが。
何分、東京の西側の貧乏家庭で育った僕はテレビで観たアーティストの新譜を
買うなんてもっての他で、その心の隙間を他のもので代用していたのです。

エディット・ピアフのベスト盤か何かを聴いたのもそんな頃でした。
例のごとくレコード棚から引っ張り出したは良いが、
これはさすがにロックじゃないな。やめよう。いや今日は聴いてみるか。
やっぱり明日にしようか。
、、、数日間の押し問答の末に聴いたピアフ。

東京の街はまだまだこれからも永遠に発展するぞという浮かれムードの最中に、
出会い頭のように聴いてしまったピアフの歌。
意味もわからず聴き始めたその歌達にすっかりのめり込んで
最後は何故か号泣していました。あんな風に感動したのは初めてでした。
塩分多めなその歌が何故、東京くんだりの中学生の心に響いたのか、
今でも確固たる確証は何一つありませんがひとつ思う所があります。

僕が小学生になるか、ならないかの頃、
よく親父が吉祥寺のビアホールに連れ行ってくれました。
地下の割と大きなお店でおそらくはドイツビールを出していたのでは。
僕は親父の肴のサラミを食べながら遠い異国を感じていました。
そこでは手品師や手回しオルガンによるショー等が催されていた。
イメージ的にはビートルズで有名なキャバーン・クラブみたいな内装でした。

そしてよく親父はヨーロッパの話を聞かせてくれた。
ドイツ、ベルギー、フランス、スペイン、、、
もっぱらどこでも出てくるのは酒場の話だけでしたが(笑)。
そこに集う人々の話を聞かせてくれました。
素朴で生きるのに一生懸命な人々の話を。
それから街のニオイを熱弁していました。(はっぴいえんどのニオイの回を参照
パリは犬が多くて街中が糞だらけで
それとコーヒーのニオイが交じっているんだよ、などなど。
それを聞かせてくれているのが、かつてのハモニカ横町だったりするので、
余計にそのニオイがリアルに感じました(笑)

そう言えば以前かまやつひろしさんにこんな話を聞きました。
かまやつさんがパリの街を一生懸命オシャレして歩いていたら、
カフェの辺りから「かまやつさん!」って声をかけられて驚いて良く見たら
、、、渡くんだったんだよと。完全に地元の労働者と化していたと(笑)。
よく考えればどこでもそうでした。そうありたかったんでしょう。

、、、話が横道に、いや横町にそれました(笑)。

考えてみると僕ら親子は北米音楽に明るい方ですが
二人で彼の地の音楽の話をした記憶があまりありません。
もっぱら話したのはフェリーニ等のヨーロッパの映画の話でした。
そんな時に見上げると親父の本棚の上の方には
ジャン・コクトーやらジャック・ブレルやら
ブレヒトやらの詩集等がありました。
普段も親父はポルトガルのファドとかをよく聴いていたと思います。
それでか晩年にポルトガルギターと共演したいと話していましたね。

さて、その映画の中でマレーネ・デートリッヒがアメリカ巡業中のピアフに
「久しくパリには行ってないけれど、今日あなたの歌を聴いていたら旅した気分だったわ。
素晴らしい旅をありがとう。」と語るシーンがあります。
素晴らしい讃辞であり、まさしく本質をついているような気がしました。

東京の西のはずれの中学生は、父親の話から遠い異国の酒場を仮想体験し、
ピアフの歌を聴いた瞬間に経験した事のない感情を見つけた。

たぶんそれは「郷愁」といわれるものであります。
、、、たぶん。


高田漣


肝心のピアフのアナログが実家にあるのでフランス絡みの作品を幾つか。
ブリジット・フォンティーヌとアート・アンサンブル・オブ・シカゴの
「ラジオのように」。フランスの名レーベル「サラヴァ」の名盤。

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「ラジオのように」

フランスを代表する作曲家ドビュッシーの「練習曲集」と
同じくフランス人のメシアンの「トゥランガリーラ交響曲」。
この楽曲には最初期の電子楽器(仏産)オンド・マルトノがフーチャーされています。

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ドビュッシーとメシアン

ストラスブールのヴァージンで偶然見つけたThomas Dutronc。
彼がフランソワーズ・アルディの息子だとは後に知りました。素晴らしいアルバムです。

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thomas dutronc

ボリス・ヴィアンと「ハイ ポーズ(笑)」

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高田漣(ミュージシャン)
1973年、日本を代表するフォークシンガー・高田渡の長男として生まれる。14歳からギターを始め、17歳で、父親の旧友でもあるシンガーソングライター・西岡恭三のアルバムでセッション・デビューを果たす。現在は、スティール・ギターをはじめとするマルチ弦楽器奏者として細野晴臣、高橋幸宏、ハナレグミ、アン・サリー、畠山美由紀、Human Audio Spongeなどのレコーディングやライヴで活躍中。ソロとしても今までに5枚のアルバムをリリース。2008年には、高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人で「pupa」を結成し、デビュー・アルバム『floating pupa』を発表している。同年、崔洋一監督によるショートフィルム「ダイコン」(小泉今日子主演)の音楽を担当。
【official web site】 http://www.tone.jp
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