2010.03.15UP
今まであまりこの人の事を公に書いたことはありません。
それはあまりに自分がプレーヤーとして影響を受けているから。
その人の名はライ・クーダー。
今回は出会いから。その前にジョンの話をしましょうか。
毎度ばかばかしい話を一席。
中学生の頃の僕はジョン・レノンに夢中でした。
それは以前に話した(「80年代の夢の話」参照)
ハリー・ニルソンを探す旅から始まり、
ビートルズ~ジョンへと繋がっていったのです。
「レノン・マッカートニーの曲が入っていたはずよね」の言葉から
ビートルズを聴き始めたのです。
母親の知人が沢山レコードを持っていたので、
遊びに行ってはカセットにダビングしてもらい家で聴く。
探せど探せどそんな聞き覚えのある曲はないのですが、
気がつくとニルソンそっちのけでビートルズに没頭し始めたのです。
ひょっとしたらジョンのソロに入っていたりしてと
「ジョンの魂」から聴き込むとさらにニルソンは何処へやら(苦笑)。
ようやく見つけたその曲は「マザー・ネイチャーズ・サン」で
ビートルズの「ホワイト・アルバム」に入っていました。
てっきりジョンとニルソンは仲が良かったのでジョンが歌っていると
勝手に思い込んでいましたが実際はポールでした。
音楽性もどちらかと言うとポールの方が近いのですが
ジョンとはウマが合ったんでしょうね。
合いすぎて事件を起こしたり方々で迷惑をかけまくっていたそうですが(笑)。

そのニルソンとジョンの蜜月期の時期、つまりはジョンがヨーコと別居状態にあった
所謂「失われた週末」の頃に作られたのがこのアルバム。
(敢えて名前は載せません、笑)
リンゴにキース・ムーンにジム・ケルトナーのドラム。
ジェシー・エド・デイビスとダニー・クーチのギター!
スニーキー・ピートのペダルスティール。
最高のメンツの馬鹿騒ぎ(笑)。
この時期のニルソンは声が酒ヤケでつぶれてしまっていて、
かつての美声は望めませんが実は隠れた名盤でジョンの作品にも通じる
退廃と崇高さが混在するような内容です。
ほとんどジョンのアルバムです。
同時期の「心の壁、愛の橋」に通じる音像です。
さて、そんな中学生の僕がジョンとヨーコの「ダブル・ファンタジー」の
収録曲「ビューティフル・ボーイ」を聴いていたら
母親が「何かちょっとライ・クーダーみたいね」と言うのです。
(今考えるとどうかなぁ~?そんなに近似性は感じられませんが。)
聞き覚えのある名前で興味が沸いてきた時期に
某お酒のCMでスライドをするライ・クーダーを観た。
あの時期、某SWITCHの表紙にもなったりジーンズのモデルとしても登場したり
カッコいい中年の代表的な扱いでしたね。
さて、そのライの姿を観てふと思い出したのです。
「たぶんこの人が一人でライブしたのを子供の頃に観た気がする」と。
ホールのようなステージにたった一人で弾いている姿が浮かんだのです。
親父にその旨を尋ねたところ的中した。
他にもその時期にザ・バンドとかボニー・レイットも行ったはずだと。
自分のハードディスクを細かく検証したい(笑)!
後日この初来日公演の名古屋場所の海賊録音は伯父から頂いた。
まだ若々しくて一人で演奏しているのに
僕にはロックバンドのように聴こえました。
ともかくそうしてライを聴くようになってすぐに
朋友デヴィット・リンドレーとの来日公演が催された。
母親の知人に連れられてその公演を観に行った。
、、、確か横浜だったような気が。
その来日公演の使用機材やらそれぞれの楽曲の譜面やらが載っていた
ギターマガジンは僕のバイブルとなりました。
2ヶ月にまたがった2週目は確かライが自分のルーツである
様々なブルースマンについて答えている。
海外のギタープレーヤー誌のインタビューの翻訳版が載っていて
これがまた勉強になってそこに登場するブルースマンを片っ端から聴きました。
ブラインド・ウィーリー・ジョンソン、タンパ・レッド、ロニー・ジョンソンetc。


さらにその特集の最後には何と当時の全楽曲のチューニングリストが!
これを元に一曲ずつ検証していく日々が始まった訳であります。
まずチューニングを変えるという行為に驚くと共に可能性を見出したのです。
その響きの美しさにうっとりして自分がギターが上手くなったんじゃないかと錯覚した次第であります。
そしてスライドの楽しさを見つけました。
そこにはハワイのギャビー・パヒヌイとアッタ・アイザックスのスラック・キーの
チューニングも載っていて、ここからハワイのさらにはスティールへの興味が始まりました。

手前右から2枚がライ参加のアルバム
それからライとリンドレーが手にする奇怪な楽器群。
ワイゼンボーンにブズーキにエレキもテスコとかグヤトーンとか。
それが今の僕の所有する楽器に色濃く影響しています。

テスコ製ラップスティールとアンプ
さてそんな風にして楽器にのめり込み始めて数年後に
その憧れのライやリンドレーと会う事になるのですが、
、、、それは次回のお話という事で。
高田漣

来日時ライが使用していたテスコのTRG-1Lでスライド!
