

1965年にニューヨークのシェア・スタジアムで行なわれた伝説のビートルズ・ライブから44年。同じ地に戻り、なんとポール・マッカートニーが3晩におけるライブ・コンサートを10万人の前で行なった。残念ながらシェア・スタジアムは取り壊されたが、その跡地にシティ・フィールドという会場が新たに建設され、今回のコンサートはここでのこけら落としライブとなった。そしてその音と映像をひとつにまとめたボックスセットが『グッド・イヴィニング・ニューヨーク・シティー~ベスト・ヒッツ・ライヴ』。2枚のCDに収められた楽曲は全部で33曲。これがそっくりそのまま映像としてもDVDに収められた全3枚セットというだから、ファンにはたまらない魅力となっている。ここで演奏しているのは、ビートルズのヒットからウイングス、ソロ、ザ・ファイアーマンの曲と、彼のキャリアを見事に総ざらいした数々の名曲。また限定デラックス・エディションは、アメリカのテレビ番組ラテマン・ショウのために行なった特別ライブやファン映像などの追加映像が加わりDVDが2枚仕様になっている。
さてこのリリースを記念して、ポールがロンドンで一握りのジャーナリストを集めた小さな記者会見を行なった。小規模ながらも司会者がつき、前もって我々取材陣は質問を提出、チェックの後にひとり1問だけ!カメラの前で質問する、という厳重な制限つき。とはいうものの、いつもながらポールはにこやか、リラックスした様子で質問に答えてくれ、会場はアット・ホームな雰囲気に溢れた。最近はふっきれたように、ビートルズ時代の思い出をしこたま話してくれる彼だけに、ファンには嬉しい会見内容となった。選曲のこと、初期のこと、現在の自分、裸のポールがちょっぴり垣間見れる、そんな会見だった。現在も現役で走り続けるポール・マッカートニーの言葉をここで紹介しよう。
取材・文:高野裕子
―― 今年65歳、ビートルズとしてシェア・スタジアムのステージに立ったとき、自分が44年後もロックし続け同じ場所で新しいスタジアムの開場するということを想像できたでしょうか?
そうだね、きっと想像できなかったよ。こんなに何年も先になって、全く同じ場所へ戻ってこれたのは驚くべき体験だった。おまけにビートルズより何倍も良い機材も備えていたしね! 同じ場所へ、違う時代に戻ってくるというのは本当に不思議な体験だった。
―― このスタジアムを懐かしく思いますか? シェア・スタジアムが取り壊しになる前の、最後のコンサートでビリー・ジョエルとここで競演していますよね。
シェア・スタジアムの歴史に僕は何度か関わることになったね。何しろ65年のビートルズのコンサートはシェア・スタジアムのこけら落としで、ビリーとやったライブは閉鎖前の最後のコンサートで、そしてこうやって新設のスタジアムを開場することになって・・・。ビリーのコンサートにも呼んでもらったのは嬉しかったけど、でも不幸なことに僕はヤンキーズのファンなんだ! あそこはヤンキーズのホーム・グラウンドじゃないからね。でもそのことは秘密にしておいたよ(笑)。
―― DVDには33曲とラテマン・ショウのライブ映像も入ってますよね。あれはラテマン・ショウのために撮影した映像ですか? それともラテマン・ショウをハイジャックしたんですか?
ラテマン・ショウのために特別ライブをやったんだ。素敵な体験だったよ。ラテマン・ショウに出たのは初めてだったから。
―― ラテマン・ショウには出たことなかった?
ないね。それでショウに出たとき、ラテマンからされた最初の質問が、「過去30年間、あなたへの出演依頼を毎日というほどしてたんですが、なぜ出てくれなかったんですか?」だった。その僕の答えが「君のショウが好きじゃないからさ」で。いきなり最初から彼はしょぼくれちゃって(笑)。結構神経質になっていたよ。
―― ところでラテマン・ショウは気に入りましたか?
イエス。嫌いと言ったのはウソだったんだけどな。
―― 33曲もやるとなると、古い曲は練習しますか?
勿論。常にそれが必要なんだ。そりゃ、僕はたくさん曲を書いたから・・・。5曲だけ書いたのとはわけが違うよね。5曲だったら全部覚えていられるけれど。たとえば『デイ・トリッパー』のような曲は、本当の旅なんだ。今でも完全に修得したなんて到底言えない。すごく複雑なベース・ラインで、頭で考えながら常に指を動かし続けなければならない。同時に頭のほかの部分で、「お前はボーカリストだ、ベーシストの自分は忘れろ」と言い続けなければならない。歌詞だって「ラララー」って歌うだけじゃないしね。ただ何度かリハーサルをするうちに、できるようになる。ライブでやるのが大変な曲だね。自分を半分に引き裂くような曲だよ。ボーカリストとベーシストのふたりの自分が必要なんだ。特にあの曲のベースは他の曲より難しいしね。
―― 『ライフ・イン・ア・デイ』や『ギヴ・ピース・ア・チャンス』など、ジョン・レノンの曲もライブでかなりやりますよね。もし彼が今生きていたら、自分のどの曲をやってもらいたいと思いますか?
それは考えたこともなかったな。『メイビー・アイム・アメイズド』かな・・・今思い浮かぶのは。ジョンが歌ったら面白いと思う。ただそれが理由。この曲だね、選ぶとしたら。
ギネス・ワールド・レコーズには"ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家"として認定されている、彼は、現在も勢力的に活動続ける。1965年にニューヨークのシェア・スタジアムで行なわれた伝説のビートルズ・ライブから44年、ポールは再びその地へ…。この模様をおさめたDVDは必見です。
前回のintaviewはコチラ

