

50年代にアメリカで生まれたロックンロールは、瞬く間に若者を魅了した。
しかし反発も多く、50年代後期になると下火に。
そんななか、忘れられていた初期ロックンロールの衝撃を自分達になりに解釈して登場したのがビートルズだ。
結果、アメリカ進出を果たした彼らは大成功。そこから多くのイギリスのグループが、アメリカで成功した。
いわゆる〈ブリティッシュ・インヴェイジョン〉である。
当時のロンドンにいたピーター・バラカン氏、そして東京にいた萩原健太氏は、この動きをどう感じていたのだろう?
取材・文/印南敦史 撮影/神ノ川智早 取材協力/MyBackPages
――ブリティッシュ・インヴェイジョンのリアルタイムな皮膚感覚って、日本とイギリスでは違っていたんでしょうか?
萩原
バラカン
萩原
バラカン
萩原
バラカン

萩原
うーん、ラジオで聴いてはいたけどレコードを買ってはいなかったですね。64年だと8歳ぐらいだから。中学生ぐらいになって、ようやく買いはじめた感じです。バラカン
萩原
バラカン
萩原
バラカン
萩原
バラカン
萩原
バラカン
萩原

バラカン
そうだね。当時はストーンズのヴァージョンしか知らないから、かっこよく聞こえるんですよ。で、チャック・ベリーのオリジナルなんかをかなり後になって聴くと、チャックにすごく余裕があったことがわかったんだよね。落ち着いてスウィングしてるし、ユーモアがあるし。おそらくストーンズが理解してなかった部分が、すごくわかる。だから「なるほどな」と思いつつも、あのころのストーンズの音楽っていまでも否定できない魅力がものすごく大きい。萩原
バラカン
萩原
バラカン
ピーター・バラカン
1951年生まれ。現在はフリーのブロードキャスターとして活動中。著書に『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック』(ミュージックマガジン)などがある。
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萩原健太
1956年生まれ。執筆活動、ラジオDJ、TV出演などで評論活動を行うかたわら、ミュージシャン、プロデューサーとしても活動。さまざまな形で音楽にたずさわっている。
