

兄、リチャード(1946年生まれ)、妹、カレン(1950年生まれ)のカーペンターズが『涙の乗車券』でデビューしたのは1969年(昭和44年)のこと。
今年でデビューして40周年を迎えるのだが、リチャード&カレンを敬愛する日本ファンはとても多く、"カーペンターズ"がA&Mとメジャー契約を果たした4月22日が今年から「カーペンターズの日」と制定された。この記念日を祝って、日本ファンのリクエスト上位40曲を収録した『カーペンターズ 40/40 ~ベスト・セレクション』が同日にリリースされる。また、今年のクリスマスの頃にはカーペンターズの新アルバムも予定されており、カーペンターズが作り出す音楽はさらにたくさんの人々を魅了し続けていくことだろう。
e-daysでは、来日されたリチャード・カーペンターさんに、幼少時代やカレンさんのこと、そして今後の活動についてたっぷりと語っていただいた。
取材・文:松木直也/写真:堀清英
カーペンターズの初来日は1970(昭和45)年の11月。2作目の『遥かなる影』が大ヒットを記録し、世界的アーティストとして第1回国際歌謡音楽祭(ヤマハ主催)にゲストとして登場した。その後も数々の名曲を手がけ72年、74年と来日するのだが、74年のコンサートでは、はがきで応募し抽選によるチケット販売となり、その応募数は38万通であったとも言われている。
83年2月にカレンが拒食症を起因する心不全のため亡くなられてから25年もの月日が流れた。しかしその後もカーペンターズの作品は愛され続け、95年に発売された国内ベスト盤「青春の輝き~ベスト・オブ・カーペンターズ」はじわじわと300万枚セールスしている。
昨年10月、リチャードさんが来日し、NHK BS2で特別番組「カーペンターズ・オール・リクエスト」に出演、人気の凄さはFAXやE-Mailによるリクエストの多さが物語っていた。
カーペンター兄妹は、コネチカット州のニューヘイブンの生まれ。その後、1963年にカリフォルニア州ロサンゼルス郊外ダウニーに移り住む。リチャードさん17歳、カレンさん13歳の頃。その頃からのお話を伺うことにしよう。
―― リチャードさんとカレンさん、子供の頃はどんな感じだったのですか?
私は家でレコードを聴いているのが好きで、カレンは外で遊んでいるのが好きでした。だけど、たまに自分も庭で野球をしたり、外で遊ぶことももちろんあったんですよ。当時の家には地下室があって、そこには両親所有のクラシックとかスウィング・ジャズとかいろいろなレコードがあって、私はそこでよくレコードを聴いていました。カレンも外で遊んでばかりいるわけではなく、地下室に来て一緒に音楽を聴いたりとか、レッド・ニコルズとかレス・ポール&メリー・フォードの曲を一緒に歌ったりとか。ですから後々にいろんな曲をインプロヴァイズ(即興演奏、アドリブ演奏)するってことも、ずっと小さいときから歌っていたので、結構簡単にできるようになったんです。
―― 当時、カレンさんがどのように歌ったらいいかというようなことは考えてなかったですね?
リズム感はしっかりしたものがあったんですけど、ただ子供の頃ですからね。でも、それは考え直してみると、なるほどなと思うところはあります。彼女が13歳の頃に私が書いた曲を『ちょっと歌ってみて』と言って歌ってもらったときは、まだ高音というかファルセット気味の声で歌っていたんですけど、15歳ぐらいになってからは皆さんが知っているであろう、ちょっと低めの声っていうのが出てきて。ただそのままではなく、それからどんどん良いシンガーになっていったんですよ。
―― その後、リチャードさんはダウニー高校に通いピアニストとしての才能を認められ、64年にカリフォルニア州立大学ロングビーチ校へ。ピアニストとしての研鑽を積む。3歳半年下のカレンさんはダウニー高校の1年生になりバンド・クラス(マーチング・バンド)に入り、グロッケンシュピール(鉄琴)を担当することになったそうですが、ほかにも何か楽器はされていたんですか?
カレンは12、3歳の頃から私の友人が使っていたドラムセットに興味を持ち、見よう見まねでプレイしていたんだけど、高校1年のときに両親からドラムセットを買ってもらった頃にはすでにかなり上達していました。当時我々がよく聴いていたのは、ペリー・コモ、ビング・クロスビー、パティ・ペイジ、ナット・キング・コール、メアリー・フォード、ディオンヌ・ワーウィック・・・
1946年10月15日、コネティカット州ニュー・ヘイヴン生まれ。妹カレン(1950年3月2日生まれ)とともにカーペンターズを結成。69年に彼らのデモ・テープがA&Mレコード創設者ハーブ・アルパートの耳に止まり、10月9日に『オファリング(後に改題『涙の乗車券』)』でアルバム・デビュー。70年にリリースした「遥かなる影」が全米No.1(4週連続)の大ヒットを記録し、一躍スターダムに。その後も「愛のプレリュード」「ふたりの誓い」「雨の日と月曜日は」「スーパースター」「愛にさよなら」「シング」など大ヒットを連発した。カレン亡き今でも、カーペンターズは世界中から絶大なる支持を受け続けている。

