

1984年から2001年まで、ピチカート・ファイヴを主宰。海外でもっとも有名な日本人音楽家のひとり。レコード・コレクター。アート・ディレクター。DJ。文筆家......。書き連ねればキリのない肩書きのどれもに、多くの信奉者を増やし続ける稀代の粋人=小西康陽が、(意外にも)初の書き下ろしとなる音楽書、「マーシャル・マクルーハン広告代理店。ディスクガイド200枚。小西康陽。」を刊行した。
本書は〈その膨大な掲載枚数とは裏腹に、それらをジャンルやカテゴリーという檻へと幽閉してしまっていることに気づかずにいる〉従来のディスクガイドへの異議申し立てであり、個人史を纏わない職業ライターへのカウンターであり、そして〈音楽がないと生きてゆけない人々〉全員の枕元へと収まるべき、美しい価値観の大全である。
また、メインとなる文章はもちろんのこと、デザインの隅々にまで、確固たる美意識が脈打つ名書であり、奇書。まずは、どこからページを開いても目に飛び込んでくる、その大胆なレイアウトのことから話を聞いてみた。
取材・文/江森丈晃(tone twilight) 撮影/神ノ川智早

とにかくヴィジュアルにはこだわりましたね。どうしてもジャケットが好きになれなかったために外してしまった盤というのもあるぐらい。CD化の際に再編されてしまったアートワークが好きになれないものはオリジナル盤を掲載させてもらったし、レコード会社から届いた公式なアーティスト写真が気に入らない場合は、レンタル・ポジ屋さんに探しにいったりもして。
レイアウトに関しては、ポール・マッカートニーの前の奥さんのリンダが写真を撮ってる「Rock and Other Four Letter Words」という有名な洋書と、マーシャル・マクルーハンの『The Medium is the Massage』に感化されました。あとは寺山修司と横尾忠則の「書を捨てよ、町へ出よう」からの影響も大きいと思う。常盤響さんにはすぐにネタを指摘されちゃいましたけど(笑)。
―― すべて活版印刷時代の作品ですね。
そうです。あの時代の綺麗なスミ(黒いインク)の乗りかたというのも意識しました。この本でいちばん褒めて欲しいのはそこだったりするかな(笑)。印刷屋さんも俄然ヤル気を出してくださって、この2色刷りというのは我ながら本当に美しいと思います。
―― 実際のデザイン作業はどのように進められたんですか?
デザイナーの隣にぼくが座って、同じモニターを見ながらですね。一気に2日ぐらいで組んでいきました。
―― つまりは小西さんが音楽を作るときの、マニピュレーターやエンジニアとの関係ですね。
ぼくはなんの仕事でもそう。誰かの隣に座って作業をします。とくに今回のデザインは、ぼくが映像作品を作ることにも近かったかな。自分のやりかたというのは、まずすべての素材をチェックして、いらないカットを削っていくところから始まるんですね。カットの好き嫌いというのがハッキリとあるから、すぐに〈勝ち残った素材〉をどう配置するかという作業になるんです。

―― それではアルバムのセレクトについてはいかがでしたか? すぐに〈勝ち残り〉は決まりましたか。
そっちはもう少し時間がかかったかな(笑)。やっぱり200枚というのは少なすぎるよね。じゃあ何枚なら満足できるのか、という話でもないんだけど。
―― レコード・コレクターの小西さんにとって、CDというのは、とても難しい縛りだったと思いますが。
ただ、必要ではありましたね。縛りというものがなければ絶対に選べなかったと思う。あと、ディスクガイドとして制作する以上は、入手しやすいものを選ぶ。これもひとつの基準でした。ただ、そこにこだわってばかりというのも寂しいじゃないですか。だから今回は作業の中盤で、「この本で紹介するから、それを機会にCD化してもらおう」という発想の転換があって。ユニバーサル・ミュージックとBMG JAPANがこの話に乗ってくれて、今回16タイトルがCD化されます。
―― そういった発掘盤に加え、ここ数年の新譜までが混在した本当に幅広いセレクションですが、そのカラーや温度に関しては、不思議と一貫したものがありますね。
だと思います。ぼく、好みは広いんですけどストライク・ゾーンは狭いんです。メチャクチャたくさんのレコードを聴いているのに、自分の作る音楽はいつも似たようなものになってしまうというのもそのせい。やっぱり「なんでも聴いてます」というのと「なんでも作れます」は違うじゃないですか。たくさんの音楽を聴くっていうことは、自分の嫌いなものをチェックするということにもなるし、聴けば聴くほどに、自分の好みというものは、狭まっていく。そういう意味で、この200枚というのは、自分の音楽家や作詞家としての嗜好というのが、とても正直に出たセレクションだと思いますね。
―― 作詞家としての嗜好というお話でいえば、この本の章立てには、〈きのう、エレヴェイターの中で聴いた。〉や〈あたしは音楽が嫌い。〉など、従来のディスクガイドにはない斬新な切り口が設けられてますよね。そこでひとつ思ったのは、これって小西さんのつける、〈曲名〉なのではないかということで......。
そうですか? 〈印税生活者たち〉とか?
―― はい。そのままピチカート・ファイヴの『プレイボーイ・プレイガール』に並んでいても不思議じゃないというか。
(笑)まぁ、同じ筋肉を使って書かれたものではありますけどね。実際この本を作る作業としては、まず絶対に外せない盤というのをランダムに選んで、それをどういうふうに分類しようか、というところから始まったんです。そこでああいった見出しのつけかたを発見したときに、〈ブラジル〉とか〈ソフトロック〉ってつけるよりは書く気になったし(笑)、そこでゴールがハッキリと見えたようなところはありますね。そう考えると、ぼくの作詞方法というのは、まずタイトルありきのものだから、確かに近い部分はあるのかもしれない。
ただ、そうやって(音楽と文章の)両方を並べた場合、ぼくには音楽よりも本のほうが難しかった......というか、重たいものになりやすかったですね。
―― 重たい、というのは?
アルバムというのは作詞や作曲が終わったら、その後はミュージシャンだったり歌手だったり、人と作業することが多いですよね。ただ、本の場合は、より自分と向きあう時間が長いぶん、どうしても音楽以上にパーソナルなものになりがちなんですよ。それが重いというか、淀みがあるというか。
ぼくが憧れている文章家の人、たとえば吉田健一さんとか片岡義男さんの原稿というのは、もっと軽いし、透明だし、重力がないんです。
―― 透明さ、というのは小西さんの文章の魅力のひとつでもあると思いますが。
そう言ってもらえるとうれしいんですけどね。いまひとつ自分では判断できないところがあります。
1985年、〈ピチカート・ファイヴ〉としてデビュー。その洗練されたサウンドとヴィジュアルは90年代初頭、日本で〈渋谷系〉というブームを巻き起こし、その代表的なバンドとなる。94年にはマタドール・レコードより全世界デビューを果たした。2001年のピチカート・ファイヴ解散後も自らレーベルを主宰。作詞、作曲、編曲、プロデューサー、DJ、選曲などの音楽活動以外にも、アート・ディレクター、映像監督として多方面で活躍。2008年秋より〈前園直樹グループ〉としてバンド活動を開始。ピアノ・アレンジメントとして参加。2009年6月にデビュー・アルバム『火をつける。前園直樹グループ第一集。』をアナログでリリース。

小西康陽が特に愛する200枚のCDをセレクトし、なぜその音楽に胸を打たれたのか、そこからどのような影響を受けたのか、自身の音楽遍歴を惜しみなく語るディスクガイド。執筆に加え、アートディレクションも本人が手掛けた。2009年5月26日発売。¥2,100
