

日本を代表するソウル・シンガーである上田正樹が、自身の誕生日である7月7日にレゲエ・アルバム『FINAL FRONTIER』をリリースした。80年代に共演したことのあるスライ&ロビーと、25年ぶりに組んだ意欲作だ。
一方、ジャパニーズ・レゲエの第一人者として80年代初頭からレゲエ・アルバムをリリースしていたジョー山中も、上田氏からおよそ1か月後の8月5日にリリースした8年ぶりのソロ・アルバム『REGGAE VIBRATION IV』で奇しくもレゲエに回帰。
両者の間に生まれたこの偶然が意味するものは、果たしてなんなのだろうか?
取材・文章:印南敦史/写真:鈴木敏也

――おふたりは今回、ほぼ同時にレゲエ・アルバムをリリースされました。
上田正樹(以下・上田) 僕は今回のニュー・アルバム『FINAL FRONTIER』で、25年ぶりにスライ&ロビーと共演したんです。今年の始めに〈コットンクラブ〉で彼らの来日公演があったとき、いちばん前で観てたんですよ。それで通路のすぐそばだったんで、演奏後のスライが通りすぎるときに声をかけたら、ちゃんとおぼえててくれたんですよね。それで楽屋に移動して「もう一回やりたいんだけど」って伝えたら、「もちろん、死ぬまでやろう」って言ってくれて。そんな経緯で実現したんです。

ジョー山中(以下・山中) 俺の場合は去年、まずジャマイカへ行こうと思ったの。でも、同じタイミングでフラワー・トラベリン・バンドの再結成がはじまって......。
上田 ああ、そうですよね。
山中 それでバタバタして1年延びちゃったんだけど、そんなときにたまたま〈ビルボード・ライヴ〉でサード・ワールドのステージを観たんだよ。
上田 はいはい。
山中 で、いまの話と同じような感じで楽屋へ行ったんだよね。ギターのキャット(・クーア)とは20数年前に一回やってるから、「今度ジャマイカでレコーディングしたいんだけど」って言ったんだ。そしたら「いいよいいよ」っていうことで、それで手伝ってもらうことになったんだよね。
上田 ジョーさんも僕も、同じようなパターンですね。
山中 そうだね。
上田 そうやってミュージシャン同士、つきあいがずーっと続くのって嬉しいですよね。
山中 嬉しいよね。それにレゲエだけのアルバムは25年ぶりぐらいだし、夏に出したいなっていう思いもあったしね。
上田 僕も今回はスタイル的にレゲエですけど、でもレゲエってことをそんなに意識はしてない気がします。結果的にはレゲエなんだけど、別にジャンルで縛るつもりはなかったというか。スライ&ロビーも、そのあたりをよくわかってくれたんですよね。だからものすごく真正面のレゲエもあるんだけど、彼らとセッションをする過程で自然にできあがったR&Bとかファンクみたいな曲もいっぱいある。だから、レコーディングもおもしろかったですよ。
山中 俺もレゲエの前にやってたのはリズム&ブルースだったし、キー坊(上田氏の愛称)もそういう感じだったから、通ってきてる道は一緒だよね。

上田 匂いとか、もともと持っているアンテナの部分が似ているっていうか。
山中 そうだね。
上田 でも、ほぼ同時に同じようなことをやっていたというのは嬉しいですよね。
山中 自然な流れだからね。ただ、リズム&ブルースとかロックとかジャンルはいろいろあるんだけど、レゲエってまた違うもののような気もするんだよね。つまり、それをやるとしたら、よっぽど自分自身がしっかりしていないと無理だと思う。
上田 そうですよね。でも、だとしたらレコーディングも特別なスタイルだったんですか? どんなかたちで?
山中 シンプルにセッションから。たとえばアコースティック・ギター一本で1番ぐらい歌を入れておいて、あとは向こうで集まって、「よいしょ」って感じでやった。コード進行だけで譜面もなんにもないところから、あとはそれぞれにお任せっていうことで。
上田 それがいちばんいいですよね。
山中 でもその一方で、自分としてはもうちょっとメロディーがある自分のオリジナルなレゲエを作りたいっていう思いもあったんだよね。
上田 なるほど。
山中 ジャマイカで全部録ると、泥くさくなりすぎる感じがあるんだ。音楽ってすごくセンシティヴなんだけど、そこをジャマイカの人に伝えてもできない部分があるというか。だからラフ・ミックスを向こうである程度作って、最終的なミックスを含めた細かい作業はこっちでやった。そうすると、レゲエにプラスアルファの要素を加えられるんでね。
ジョー山中
1946年横浜生まれ。66年に〈491(フォーナインエース)〉のヴォーカルとしてデビュー。68年にフラワー・トラベリン・バンドを結成。73年のバンド解散後はソロとして活動し、77年に発表した“人間の証明のテーマ”が50万枚を超える大ヒットを記録した。82年にウェイラーズとの共演アルバム『REGGAE VIBRATION』をリリースして日本におけるレゲエの第一人者としての地位を確立。2008年にはフラワー・トラベリン・バンドが30年振りに再始動を遂げた。
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OFFICIAL SITE
http://www.joe-yamanaka.com/
上田正樹
京都市出身のR&B/ソウル・シンガー、ソングライター。
74年に〈上田正樹とサウス・トゥ・サウス〉を結成。その後ソロとなり、83年に発表した“悲しい色やね”がシングル・チャート1位となる。以降もコンスタントにアルバムを発表し続けており、最近はインドネシアとマレーシアでヒット・チャート1位を獲得するなど、インターナショナルな活躍を見せている。

ジョー山中『REGGAE VIBRATION IV GOING BACK TO JAMAICA』(写真上)
ジョー山中、8年振りのソロ・アルバム。日本におけるレゲエの第一人者としてのステータスを確立させた〈REGGAE VIBRATION〉シリーズが25年の時を経て復活! 全編ジャマイカ録音によるルーツ・レゲエ作品。2009年8月5日発売 UPCH-1733 ¥2,800(税込)
上田正樹 with Reggae Rhythm『FINAL FRONTIER』(写真下)
80年代に共演したスライ&ロビーと25年振りに再合流! 新プロジェクト〈上田正樹 with Reggae Rhythm〉として制作したレゲエ・アルバム。2009年7月7日発売 VICL-63355 ¥3,000(税込)
