


マスターは「ラガー探訪ノート」にご登場いただいたベーシストの田中章弘さんの永年のファンであり、これまで何度かお話をさせていただいているが、じっくりお話を伺ったのは今回が初めて。
田中さんの行きつけ「酒彩 羽々和」にて、諸々の撮影が終わってから、このお店のもうひとつの名物料理でもある、きりたんぽ鍋をいただきながら交友を深めたのである。
田中さんのベースは、とにかくいつ聴いてもしっかりとしていて、脇役に徹底し、その底力たるや納得させられる。そんな話をしながら、鍋である。
鍋ほど楽しい食べ物はない。目の前で鶏肉や野菜やきりたんぽが煮え出すと、その湯気が、堅苦しい話はやめにして、そろそろ食べる準備をしてくださいと語りかけてくる。田中さんとマスターばかりではなく、仕事を終えた撮影スタッフも3人加わり計5人が3人前の鍋に取り囲む。
まずは、ゲストである田中さんが鍋にお箸を入れるのを待つ。鍋は、このメインゲストがお箸をいれたところから、あとは皆目立たぬように食べたいだけ食べるというスタンスになる。ただ各自、最初は田中さんの動向を気にする。田中さんが野菜をちょっとつまんだとするなら、それなりにちょっとという意識が働く。ここで鶏肉もきりたんぽも目一杯取ってしまってはいけないと思う。で、全員それなりにちょっと取る。
で、田中さんの2回目も気にするのだが、ここまでだ。だって鍋は煮え、ちょうどいい案配になっていくわけで、田中さんの2回目が終えたところから、誰もが食べたいのをコツコツとあせらず、ただし、食べたいのだけ食べていこうという気になる。
キリンラガーの大びんがなくなると、また冷えたのが運ばれてくる。マスターは田中さんにビールをつぐ。田中さんもついでくれる。なんか嬉しいひとときだ。熱々の鍋、冷えたラガー、話は共通の知人の話などとなり、ビールを美味しそうに飲み干す田中さん。マスターはここらでさっきから目をつけていた鶏肉に目をやると行方不明になっており、新たな鶏肉を探す。探しながら、そうかと思う。そうだったのかと思う。新たな冷たいラガーが運ばれてきたときに気をとられ無防備になっていたのだ。

まさか、狙っている具を見ながら「それボクの」などと言いながらビールをつぐわけにもいかず、ここにスキが生まれたのである。
鍋は、今は野菜を食べているから今度は肉ね。その次はちょっとスープを飲んで、きりたんぽいくからねといった誰もがリズムがある。その流れの中で、新たな冷たいラガーは、そのリズムのなかの、さらなる楽しいリズム、喜びの句読点といってもいいだろう。おっとここでまた冷えたビールが旨いんだなぁなどと、いい感じになるのだ。
で、気を引き締め再度鍋に参戦するのだが、具材がこれまで以上にかなり減っていることに気がつく。ある人物のグラスを見ると、ビ−ルが空のままだった。自分でつげない人って結構います。ここでなるほどと思う。ビールを誰もついでくれない寂しさから食いに走ったのであろう? いろんな孤独があるものだが、ビールはさりげなくついでさしあげましょうね。でもみんなそれどこどころじゃないのが鍋なんだなぁ。
「MUSIC MAN」にご登場いただいたロードアンドスカイの代表取締役、高橋信彦さんに行きつけのお店に連れていってもらったことがある。青山の裏手にあるこぢんまりとした料理屋であった。年配の仲の良さそうな夫婦がやっていて、メニューには活魚が並ぶ。マスターは旨い魚を置いてある所を知っている人にはもの凄く敬意を払う。それはなぜかというと、お酒を美味しく飲むには魚が肝心で、旨い魚を知っている人は美味しいお酒を知っており、こういう人と飲むと酒の席まで楽しいものとなる。
で、常連ならではの気遣いか、キリンラガービールが運ばれ乾杯が終わると、すっと刺身盛り合わせ(大盛り)が運ばれて来たのである。その大きさは家庭のまな板1.5倍のスペースに、トロ、中トロ、白身、しめ鯖、貝類、イカなどなど各4切れ(大ぶりにカット、どれも高級そう)が綺麗に盛り付けされてあった。
マスターは目上の方と飲む場合、切れ数に注意を払う。4切れということは、つまり2切れずつなのだとすぐに認識する。また、どこか間違ってしまった5切れはないかとも素早く見渡す。この場合、自分は間違っても3切れ食べてはならないと注意深くなる。
それからビールを飲むのである。このひと呼吸が大事で、まずは相手が刺身にお箸をつけてからいただくことにしている(時々、わさびや大葉などの醤油関係に時間をかける人もいるが、その場合はじっと待つ)。
また、相手がトロにお箸をつけたら自分はちょいっと格下のイカからいくことにしている。相手がイカからきたら、ツマなんかでモジモジする。モジモジの次に貝類なんかにいってみる。さらにワカメに手を出し、何も無かったようなフリをして話を続けるのである。

大盛りにおける2人で飲むときの刺身道は大変なのである。大勢の場合はこれをやっていると食べ損なうので、ここは自然に食べたいものから手をつけます。
さて、高橋さんがプライベートで15年続けているバンドの話を聞くのに夢中になってしまい、中トロを3切れ食べてしまったのである。なぜにそうしてしまったのかは分からない。つい食べてしまったのである。動揺。それまでのイカ、しめ鯖、貝、中トロ、トロというリズムが狂ってしまった。とっさに今自分が出来ることは、まだ一切れしか手をつけていないトロを高橋さんに譲るべきである。
しかし、それを「高橋さん、トロどうぞ。先ほど私、中トロを1切れ多く食べてしまい、誠にすみません」と口にするのはいかがなものだろうか? ここでまた動揺するが、また話に夢中になりビールを飲む。まな板の刺身は大方なくなり、トロ一切れが残った。これ凄く気まずい。高橋さんは「これどうぞ」とすすめてくれた。「あっ、すいません」といって食べてしまったのだが、今でもそれで良かったのか、マスターは3切れ問題を深く反省しているのだ。旨い刺身、楽しいひとときにおける切ない思い出でした。
マスターは今回「ラガー探訪ノート」にご登場の前嶋輝さんと、ロシアがソビエト連邦(USSR)だった頃、一緒にモスクワに行ったことがある。
1990年のことで、前嶋さんは松任谷由実さんの映像班、マスターは雑誌取材班であった。ユーミンがロケット、ソユーズの打ち上げを見たいということで実現した企画だった。これはTBSで放送されている。
で、我々はモスクワの星の町という宇宙飛行士やその関係者などが暮らす町を取材した。日本人の宇宙飛行士の第1号となった秋山豊寛氏がトレーニングに励んでおり、インタビューさせていただき、その後打ち上げ基地のバイコヌールへ飛んだ。
日本人スタッフは基地内のホテルに宿泊する。前嶋さんとマスターの部屋は隣同士で、同行の写真家ともどもマスターの部屋で食事をすることになった。このときは日本から食料を持っていったのである。
各自いろいろ、マスターは即席味噌汁とかカップ麺とか羊羹とか(甘いの好きだからね)、写真家もそんなところだったが、前嶋さんは違ったのである。なんと、「かに味噌」缶詰を3個も持ってきていたのだ。
ロシアにかに味噌、なぜなのか聞くと「美味しいから、いいじゃないですか」とそっけなかった。このための買い物を会社のスタッフに頼み、その人が買ってきたと言う。
で、3人で夜、かに味噌をパッカンし飲み始めた。前嶋さんはかに味噌をスプーンに大盛りにして食べ、凄く旨そうな顔をしたのである。「何だ好きなんじゃない」と言うと、大きな声で笑い出した。
つまり、そのときマスターと前嶋さんは初対面に近く、前嶋さんは、かに味噌は色がグロテスクだからか、そういうものを自分から積極的に食べると思われたくなかったのだ。人間って初対面の人に対してそういうところありますよね。

さて、ロケットの打ち上げというのは、近くで見ると感激がある。あっという間に空高く飛んでいってしまうのだが、その瞬間の音と火花に圧倒される。ただ、マスターは残念なことに水があたったのか、その瞬間はお腹をこわしていて、爆音が腹に響いたのであった。
もう18年の前のことになるのだが、秋山豊寛さんがロケットに乗り、大気圏から地球を眺め、そのとき美空ひばりさんの『川の流れのように』を聴いたらしい。さぞや心にしみたでしょうね。
では、今回はおとなしく終わらせていただきますが、実はこれから仲間たちとの忘年会。まずはビールで乾杯。2008年を思いながら、さぁ今年はどんな味がするのでしょうか?
「MUSIC MAN」の取材で、アコーディオン演奏者のcobaさんにお会いした。いろいろとお話しているうちに、彼が留学したイタリア、そしてイタリア人の話題になった。
マスターもイタリアはベニスやローマ、ミラノなど3回だけ行ったことがある。もう随分前のことだが、ミラノにいる男3人組のマイ・マインというバンドを取材に行った。そのときに。ミラノの郊外コモ湖周辺を撮影のロケハンでいろいろとまわった。割とのんびりしたスケジュールであったため、コモ湖を船で周遊し、カフェみたいなところに入ると、そこはいい感じに古びたところであった。
親父たちが数人でテーブルを囲み、ポーカーをしていた。これが着ている普段着のジャケットが何ともかっこ良く、やっぱり日本人はイタリア男の着こなしにはかなわないと思った。
無駄話が長くなりましたが、さて、cobaさんがイタリア人の生きることを楽しむ貪欲さを、“欲望上手”と話してくれたのだが、マスターも欲望上手になりたいと思った。しかし、どのようにすればいいのか、これが難しい。
欲望とは、辞書を引くと「ほしいと思う心。不足を満たそうと強く求める気持ち」とある。ほしいと思うこころも、不足を満たそうと強く求める気持ちも、それはマスターもキリなくいろいろありますよ。デジカメの新しいのが欲しいし、今冬流行のダウンベストも欲しいし、また、このところクリエイティブ関係者のギャラの不足感には強く求める気持ちもある。
でも、欲望の塊なんて言われたくないし、欲望がなさ過ぎるのは元気がないということだと思っている。つまり欲望上手とは、人生を楽しむためのバランス感覚なのでしょうね。

さて、今夜の欲望に対して自己問答してみる。
「今、君はこれから何がしたいのかね?」
「ハイ、まずは冷たいビールを飲みたいです。cobaさんの新アルバム『僕のエレキュート』も一緒に聴きたいです。」
「それから、旨い晩ご飯を食べたいです」
「おかずは何がいいのじゃ」
「ハイ、昨日がカレーでしたから、それ以外だったら何でもいいです」
「その後は?」
「ハイ、干したてのフカフカの布団にくるまって、ぐっすり眠りたいです」
「ささやかじゃのう」
さぁ、ビール飲もうっと。キリンラガーが今夜もおいらを待っているんだぜ。
今回の「ラガー音楽談議」でお伺いした「ノヴェンバー・イレブンス1111」は、宇崎竜童・阿木燿子夫妻の経営によるライブハウスだった。
店長の青島啓介さんが、このお店に入るために夫妻との面接時、「実は二人が誰なのか分からなくて、すぐ実家に電話して、こんな人たちにお会いしたと話したら、両親はびっくりして……」と話してくれたのだが、それはさぞや驚いたに違いない。
もしマスターが青島さんの親だったならば、電話でまずは宇崎竜童さんがダウン・タウン・ブギウギ・バンドで登場した頃から話をするだろうね。「デビューは1973(昭和48)年、長島茂雄さんが引退した年、白いつなぎを着てサングラスをかけた5人組でデビューした」と。するりとこうきて、続いて「74年『スモーキン・ブギ』がヒットして、翌75年に『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』が大ヒットし、紅白歌合戦にも出場したのだよ」と。で、こう続けるね。「この曲で宇崎竜童さんがニヒルにつぶやく『あんた、あの娘のなんなのさ?』っていうのが子どもたちの間でも流行って、家の近所では、息子に妹を指差され、それを聞かれ『はい、父親です』なんて答える親もいた」と。笑いもとっちゃおうとするがあまり受けないぞと。
そして、ここからは親としてというよりも個人的な感情も入り乱れて、熱弁となる。「ダウン・タウン・ブギウギ・バンドはバラード調の歌が良かったんだ。特に『知らず知らずのうちに』とか『身も心も』とか、これを聴いてな、父さん、たっぷり涙を流したよ。その頃、好きな人がいてな、遠距離恋愛でな、それはそれは綺麗な人だった。でも、なかなか会えなくて。この女(ひと、と読んで下さい)、母さんと知り合う前に付き合っていたんだ。母さんには言うなよ。父さん、もう思い出ぼろぼろだよ。あっそうそう、『思い出ぼろぼろ』って曲は宇崎・阿木コンビで、内藤やすこさんが歌って、76年に日本レコード大賞作曲賞を獲ったんだ」と話すことだろう。

電話を切ったこの父は(マスターすっかりなりきりです)、おもむろに家のCDラックから『山口百恵 ベストセレクション2』を取り出し2曲目の「乙女座 宮」から聴くのであった。で、心のなかでつぶやく。「これは確か新宿2丁目のゲイバー『新幹線ひろし』で初めて聴いたんだ。同時期、田原俊彦の『恋=Do!』なんかも流行っていたな、踊ったな。そういえばサザエっていうゲイディスコもあったな。楽しかったあの頃…」などといろんなことを思い出す。
流れているCDは3曲目の「プレイバックpart2」となり、「馬鹿にしないでよ」と口ずさみ、このへんから飲みたい気分になってきて冷蔵庫に近づく。すぐさま4曲目の「絶対絶命」でキリンラガーの缶ビールを取り出し、「さあさあ さあさあ はっきりかたをつけてよ」と、もう仕事はおしまい。勝手にはっきりと、かたをつけちゃって、今夜も飲もうということになるのであった。