edays WEB MAGAZINE 一日の終わりに Closing Time

マスターの独り言 ラガー音楽酒場のマスター(実は編集者?)が語る、キリンラガータイアップ記事裏話。

 

ブレッド&バターとサイモン&ガーファンクル

 マスターがちょっと留守中ですので、ワタクシ(このサイトの“管理人”です)が代理で“鬼のいぬ間に独り言”です。いつかこのカウンターの内側に立ってみたいなと思っていたんですよね。
 ブレッド&バターの岩沢ご兄弟とお会いしたのは今回の「ラガー探訪ノート」が初めてなのですが、お二人ともイメージどおりのやさしくて爽やかな方たちで、キリンラガービールを酌み交わしながらの、とてもなごやかで楽しい取材となりました。
 なかでも面白かったのは、岩沢幸矢さんが、60年代にアメリカをヒッチハイクで横断したというお話。麻田浩さん(いまは“Tom's Cabin”という、シブい海外ミュージシャンのコンサートをプロモートする会社をなさっています)とお二人で、片道切符で出かけたということに、とてもびっくりしました。もう日本には帰ってこないと決意していたそうです。1ドル=360円の固定為替相場で、海外出張のときは社員が羽田空港に見送りに行くような時代のことです(幸矢さんのご友人やご家族も、やはり羽田まで見送りに来られたそう)。まさにフォーク・クルセダーズの「青年は荒野をめざす」(五木寛之作詞、加藤和彦作曲)を地で行くようなお話ですよね(こんなたとえをしてしまうと、代理マスターもやっぱり古いのね、とか言われてしまいそうですが)。
 アメリカ西海岸に降り立った幸矢さんと麻田さんは、レストランで皿洗いのアルバイトなどをしながら、アメリカのあちらこちらを放浪します。いまよりもアジア系の人が少なかった時代ですから、いろいろな場面で人種差別的な扱いを受けたり、危険を感じたこともあったそうです。やがて2人がたどりついたのがニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジでした。
 60年代半ばの“ヴィレッジ”といえば、ボブ・ディランやジョーン・バエズ、エリック・アンダーソンなどのフォーク・シンガーやアレン・ギンズバーグ、アンディ・ウォーホル、ルー・リードなど、いろんなアーティストが闊歩していた、まさにボヘミアン村だった時代です。幸矢さんによると、そうした人たちを実際にあちらこちらでよく見かけたそうです。





  当時は、土曜日になると、アメリカ中の若者たちがにわかヒッチハイカーとなってニューヨークにやってくるようになり、彼らは“ウィークエンド・ヒッチハイカー”と呼ばれたそうです。
 幸矢さんのお話をそこまでうかがって、突然、サイモン&ガーファンクルの名曲「アメリカ」の歌詞が私の頭の中に思い浮かびました。アメリカ中の若者たちが、何かを探してヒッチハイクでニューヨークにやってくると、歌われていますよね。なるほど、そういうことだったのか。幸矢さんのお話をうかがって、はじめて、60年代末期に生まれた「アメリカ」という曲の背景が少しわかったような気持ちがいたしました。
 ところで、幸矢さんは、1967年にニューヨークのカーネギーホールでこのサイモン&ガーファンクルのライブをごらんになったそうです。舞台の上は2人だけ。伴奏はポール・サイモンのギター1本のみ。2人だけにスポットをあてたシンプルな照明だったそうです。そのときの様子は、同じ年のニューヨークのリンカーンセンターでのライブを収録したアルバム『Live From New York City, 1967』(輸入盤のみの発売)でうかがい知ることができます。こういう飾り気はないけど中身や思い出がたっぷりとつまった音楽でビールを一杯やるのもいいですね。

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