



エレクトリック・レディ・ランド<1F>
052-201-5004
ell.FITS ALL(エルフィッツオール)<3F>
052-211-3123
名古屋市中区大須2-10-43
ell.SIZE(エルサイズ)
052-211-3997
名古屋市中区大須2-10-35
ライブ開催時 17:00〜(ライブスケージュールによる)
カード使用不可
地下鉄鶴舞線「大須観音駅」下車、2番出口より徒歩1分

今回より「一日の終わりに、マスターの独り言」を担当しているマスターが全国の様々な空間(バーやライブハウスやカフェなど)を提供しているオーナーを訪ね、音楽にまつわるいろんなお話をしてくるのが、このラガー音楽談議。記念すべき第一回は、名古屋の大須にあるライブハウス「Electric Lady Land」の平野茂平さんです。
平野さんはマスターより3歳年上の55歳。僕らの世代でライブハウスの思い出といえば、地元のロックバンドが出て、コーヒー1杯150円ぐらいで鑑賞していたところ。マスターも実は通ったクチで、スリー・ドッグ・ナイトの「喜びの世界」なんか聴くと当時のことを思い出す。コピーバンドと一緒にジョイ・トゥ・ザ・ワールドしていたのだ。
平野さんは出ていた方で、高校のときから名古屋のとある狭いライブハウスでジミヘンのコピーとか、フランク・ザッパをやっていたそうだ。かなりなロック少年。で、平野さんが22、3歳の頃に、出ていたライブハウスが潰れ、しょうがないから自分でやるかと。しかし、これが全然儲からない。だってチャージもとらないでやっていたんだから。結果、昼は肉体労働しながら家賃を払うこととなった。これがちっとも暗くない。「面白かったですよ。穴掘るといろんなものが出てくるんですよ。それが凄く楽しくて体も鍛えられたし、気がついたら現場監督のヘルメットかぶっていました(笑)」。なんと7年も続いた。これで筋肉もついたが、平野さんは筋金入りのライブハウスマンになっていくのである。
「Electric Lady Land」は今年で31年目を迎えたが、全国にあるライブハウスをみると京都の「拾得(じゅっとく)」が35年、同じ京都の「磔磔(たくたく)」が33年、「新宿ロフト」が32年だそうだ。どちらも並々ならぬご苦労があったと思うが、平野さんのところは時代的に見るとBOΦWYがレコードデビューした82年頃から上昇し始め、バンドブームが始まった86、87年ぐらいからお客の入りがぐっと増えてきたそうだ。
2000年7月に「Electric Lady Land」は現在の3階立て、全フロアが独立したライブハウスへ移転。「ライブハウスというものを理解出来る建築業者がいなかったもので、寸法など全部自分でやりました。そのためにCADを覚えましたから」。何か凄いことになってきたぞ。マスターは普通のビルをライブハウス仕立てにしたのかと思ったら、「いえいえゼロから作ったんですよ」と。更地を譲ってもらい、つまり自分のビルであった。さらに驚いたのは必ず出演のバンドを見ているのである。その数はインディーズからメジャーまで年間1000以上だ。「やっぱり生で見ていないとわからないので」である。
マスターは「今でもときめきますか?」と聞いてみた。すると「ありますね。若い可能性に出会ったときに自分がそれに反応出来るかどうか、それが楽しみなんです。自分が現役でいけるかどうかっていうのをね。それがまた面白いのがいるんですよ」と年季の入ったライブハウスマンは嬉しそうに語った。
そして「バンドのブッキングはどうしているんですか?」と質問すると「僕のところは契約書がないんです。信頼関係をもてる相手としか仕事はできないんです。一見さんは無理ですね」。
たまの休みの日は、もっぱら他の街のライブハウスへ行くそうだ。バンドを見に行くのだが「旅にでたときはキリンラガーを飲んでいますけど」と。最後に「Electric Lady Landから出たバンドは?」なんて聞くと「まぁ出ましたけど、自分の手柄ではないので…」という答えだった。ライブハウスのオーナー平野さんという人はそういう人。もうじき彼の書いた、30年間に行われたライブの全スケジュールが記載された「エレクトリック・レディ・ランド30周年記念本」が出る。平野さんは今夜もステージのバンドを見続けている。そしてそれは自身を踏み絵とするロックへの挑戦なのでもある。