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2009.02.23UP

オーラの一滴

なんだか知らないけど、胸の辺りがモヤモヤしてる。
信号のない道路をエイッと渡るような、5秒間の勝負をしたいけど、
グズグズしてしまう。
何かが見えてる気がするんだけど、確認するためには、ちょっとした元気が
必要だったりする。
こういうとき、しっかりうなずいて、「なるほどなー」と思える人に会いたい。
ワクワクする話しをしてくれる人に会いたい。
40年前の私は、そういう時、椎根さんに電話した。
とくに具体的な用件でもないのに、平凡出版(マガジンハウス)の
近くの喫茶店で、椎根さんはいろんな話しをしてくれた。
大抵は、横尾忠則さんか、三島由紀夫氏のはなしだった。
内容は全然覚えていないけど、喫茶店を出る頃は、私は大きくうなずいて、
何がしかの「やる気」をもらっていた。

椎根和(しいねやまと)さんは、60年代から70年代にかけて、「平凡パンチ」「アンアン」
「ポパイ」の編集者だった。
私はといえば、組織にも属さず、たった一人、小さなアンテナを立てて
なりゆきでスタイリストをはじめていた。
私の小さなアンテナでは受けることが出来ないものを持っている人々に会うことを
課題のようにしていたのは、若者ゆえの本能だったと思う。
今、彼の著書「ポパイの時代」、「オーラな人々」を読むと、70年代の彼の編集者としての
膨大な活動のなかでめぐり合った人々、、、時代と自分自身のオーラを背負った
スゴイ人々、草森紳一、アンディ・ウォホール、ボブ・ディラン、ブルース・リーなど数十人の
興味深い物語が洪水のようにあふれている。
私は、喫茶店で、その洪水のようなオーラの一滴ぐらいを落としてもらっていたのだった。
でもまさか、椎根さんが詳細な記録と記憶を持ち、今となっては
超貴重な三島由紀夫氏の一連の写真を撮っていたとは、知らなかった。

オーラな人々の一人、伝説的なモデル「ティナ・ラッツ」の章には、時代を分かち合った
ひとりとして私もちょっとだけ参加させてもらっている。またティナと親密な友人だった
ロンドンのファッションデザイナー、ザンドラ・ローズも載っている。
「アンアン」が70年代カルチャーの先導者として輝いていた時代、椎根さんの指揮のもと、
ザンドラ・ローズのファッションページの撮影があった。
当時新人のカメラマン十文字美信さんが、魔術のような素早さでこの写真を撮った。
スタイリスト(ページではスチリストとなっている)として、いつのまにか、そこにいた私は
ラッキーだったと思う。
「アンアン」1973年11月5日号の写真ページをオマケに付けます。

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「オーラな人々」 河出書房新書

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高橋靖子(スタイリスト)
日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。著書に『表参道のヤッコさん』『小さな食卓 おひとりさまのおいしい毎日』『わたしに拍手!』などがある。
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