2009.02.16UP
都内ロケの日だった。
早朝から続いた撮影が終わって、衣装やらそれに関連するいくつかの大きなナイロンバッグをワゴンタクシーに積み込んで、
午後の街並を走っていた。
「ほら、もう春ですよ」と、いつもの女性ドライバーの上野さんが言った。
「本当だ、春の光ね」と私も言った。
抜けるような冬の空とかさなりあって、地上の風景は、
金色の光の粒がまじった柔らかな空気に満ちている。
日本橋から大手町を抜けて、皇居前の広場を通る。
はじまったばかりの春の陽射しを受け止めた松の緑が続いている。
何かしら懐かしい時間が、大きな円周を描いてまためぐってきている。
春なんだね。

こうして私は季節の到来のさまざまな兆候を、
折々の仕事のちょっとした狭間に見つけ出している。
農村や山岳地帯に住む人たちが味わう、天上から押し寄せてくる清浄で濃厚な春の空気とは違うだろう。
だが、都会の、じわっと滲み出る新しい季節のしるしにも、懐かしい輝きがある。
タクシーの座席に身をあずけて、私も今、それを受け止めている。
まだ、葉っぱが一枚も付いていない外苑の銀杏並木を通過して、千駄ヶ谷の家に着く。
ここにある部屋は、私の住居でもあり、仕事場でもある。
私の場合、仕事と個人生活のすべてに境界線がない。
それはスタイリストを始めた40数年前から、変わっていない。
いや、現在の方がより密着しているかも知れない。
アシスタントが撮影の衣装の荷をほどき、ハンガーにかけ、一着づつチェックしている。
彼女は返却作業のため、整理した荷物を持って、再び街へ出ていった。
夜、眠る前、部屋は120平米に広がる。広い部屋の片隅で、私は眠りに付く。
朝、目覚めたときは、70平米に縮小している。
そう、世界は何ごともなかったのだ。
日の出前のある時間、小鳥たちのさえずりがいっせいに始まる。
細く窓を開けると、うすい暗がりのなかの冷気が、部屋の中に直進してくる。
今日の始まりは春か、空の向こうに少しづつ居を移している冬が、
ちょっとだけ後ずさりして、まだまだ存在感を示すのだろうか。
早春の光が部屋に満ちるのはもうすぐ。
