2009.09.25UP
「キャロル」で、いっぱい夢を見た世代が大人になり、
いつの間にか、あるトシになってしまったとき、
「YAZAWA還暦になっちまったよー」と叫ぶヒーローがいた。
その日、私は矢沢永吉さんに一生をささげてここまで来た友人の
CMプロデューサーといっしょだった。
「還暦祝いのコンサートなんだから赤い服着ておいでよ」という彼の指示に
従って、全身真っ赤なイデタチで東京ドームに行った。
(行ってみたら、あれっ、そんな人は見渡した限りいなかった・・・)

5万分の1のオーディアンスの私は、床ごと揺れ続ける2階席で
「何でもかんでも楽しんじゃお」と、最後には「ハーハ!」と声をあげて
いただき物のチェックの赤いタオルを投げましたよ。
プログラムは盛り沢山で、3時間近い熱唱があった。
暑いサウナにたっぷりつかって、帰り道はあったかくて、さわやかだった。
ここのところ、毎日資料を整理しているけど、こんなチケットが出てきた。
これが残っているということは、この日のコンサートに行けなかったのだろう。

矢沢さんが一人で出発したとき、その最初のレコードジャケットを
お手伝いしたんだった。
記憶の中では、白いタキシードだったような気がしたんだけど、
確かめてみると、チェックのジャケットだった。
記憶もどんどん色が変わったり、柄がなくなったりするものなのだな、と思った。
渋谷西武の前のファンタジアというゲームセンターの歩道に乗り入れて撮影をした。

それから20年後、サントリーBOSSの撮影で矢沢さんに再会した。
ある日、撮影後、操上和美さんの事務所で、着替えをした。
操上さんがご自分の作品を矢沢さんに見せて、何かを語り始めた。
矢沢さんは操上さんが撮ったストーンズの写真にじっと見入っていた。
そしてふと立ちあがって窓辺に行き、港を見下ろした。
(操上さんの事務所は、湾岸の鈴江倉庫にあった)
すかさず、操上さんはその後ろ姿を追って、シャッターを切り始めた。
部屋の一角で着替えをじっと待っていた私は、心の中で「今いい写真が撮れている」
と、静かに興奮していた。
あの時の矢沢さんの後姿は、操上さんのファイルの中に今も存在するのだろうか。
操上さんは今回のコンサートのオフィシャル・フォトグラファーだったそうだ。
