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2010.03.11UP

ひさびさの篆刻で、背中バリバリ。

さて、お立ち会い。

前回、見た目兄貴な塚野浩資さんから、桜色のベストをプレゼントされたことはお話しした。何かお返しをしたいけど、なにせ深窓の貧乏人である私は、永年金欠状態。考えた末に、兄のために遊印を彫ることにした。久々の篆刻。判子彫りである。といっても、この5年くらい、まるでやっていないから、手順からすべて忘れている。

思い出しながら、ぼちぼち始める。まず、印面にどんな文字を配置するか、だ。塚野兄には、骨董趣味がある。六本木の家にこの前、お邪魔したとき、所狭しと古いものが置いてあった。それも茶碗みたいな小さいものはもちろん、斜めにしなくちゃはいりきらないテーブルとか、やたらでかいものが多かった。とにかく家中、古いものだらけ。

なもんで、あれこれ文献を探索し、考えた末に「終日弄古」と彫ることに決める。ひねもす古いものを愛玩して過ごす、という意味。塚野兄が古ぼけた茶碗や急須を眺めたり、ひっくり返したり、さすったりしている情景が眼に浮かぶ。

4つの文字それぞれの古い字体を、これらの辞書をひっくり返して探す。

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字の配置が決まったら、朱に塗った印面に、墨で鏡面文字にして書き込む。

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鏡に印面を映して、思い描くような正像になっているか確かめ、ヘンなところは墨と朱で微修正を加える。ここまでくると作業の9割は終わったようなもの。あとは彫るだけ。

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これは墨を残して、朱の部分を削るだけだから、篆刻刀が切れていさえすれば、たいして時間はかからない。

歯ブラシの古いので、石の屑を払い、水洗いして、印面の墨を落とす。印泥(朱肉ですね)の朱をつけて、押印してみる。削り残しが見つかるので、それを再び篆刻刀で落としたら出来上がりだ。古色をつけるために、篆刻刀の柄の鉄の部分で印の廻りを叩いて、傷をつけ、好い感じに化粧したら、完成。

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気に入ってくれると、いいけど。

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さて。3月9日は私の63回目の誕生日。この日、仕事の打ち合わせがあった。打ち合わせのメンバー、グラフィック・デザイナーの野本奈保子ちゃんが、ジジイに似合わないかわいいクッキー、

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ダイアモンドのデ・ビアスの上田和美ちゃんが渋い色目の花のアレンジメントをプレゼントしてくれた。

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娘達が私の誕生日なんて、よく知ってるよな、と思うでしょ。知るわけない。前回の打ち合わせで、次回の日程が3月9日になった瞬間「あ、オイラの誕生日だ」と宣伝しといたからね。

花なんて誕生日にもらったのは、今を去る40年前の3月9日に当時のガールフレンド岡田和子嬢から真紅の薔薇の、ものすごいボリュームの花束をもらって以来だ。今、彼女、どうしてるだろう。京都かどこかの深窓で奥様してでもいるんだろうか。

それはともかく、塚野兄に1顆、刻したら、続けてもう少し篆刻やってみよう、という気になった。ヒマだしね。

還暦過ぎてからの友人、エッセイストの島地勝彦さんは、文豪開高健からある早朝、電話で「ゆんべ便所でな、キミのキャッチフレーズを思いついた。意識は稲妻、舌は蝸牛。どうだ」と言われた。島地兄、頭の回転は早いけど、舌がそれについていけない。思いついた言葉がただちに音にならない、吃音者なのだ。

そんな島地兄に「電光園」と彫ることにした。稲妻は、漢語では「電」あるいは「電光」。私も島地兄も内田百閒のファン。百閒は百鬼園と号した。その園をサービスでつけたというわけ。

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しかし、根を詰めてやると、背中がバリバリに凝る。なんだか具合が悪くなりそうなほど、背中が突っ張ってきたので、これはもう得意の長昼寝しかないな。ひとまず、おやすみなさい。寝てばっかりで、スイマセンね。

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立石敏雄
1947年東京生まれ。雑文製造業者。早稲田大学卒業後、絵本の出版社、雑誌『BRUTUS』編集者などを経て、現在は雑誌『Pen』に「笑う食卓」連載中。著書に、雑誌連載をまとめた『笑う食卓』(阪急コミュニケーションズ刊)がある。

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