introduction

asada_hakone.jpg さて自分の音楽体験を書くにあたり、どこまで遡ったら良いのか分からないのだが、今考えるとかなり小さい時の体験や回りの人達の影響が、後の音楽好きになる要素と思えるので、まず自分の略歴を書く事から始めようと思う。

 僕の両親は横浜出身で、子供の頃親父は本牧で、お袋は保土ヶ谷と言う所に住んでいたらしい。親父は商船学校を出て日本郵船の船長になったが、船長になる前は一等航海士などで龍田丸や浅間丸といった、当時の豪華客船の世界一周航路に乗っていたんだそうだ。お袋はおすぎとピーコの出た桜ヶ丘高校(当時は横浜市立高等女学校)を卒業して、明治製菓に勤めていたそうだ。その二人が昭和14年に結婚したのだが、親父が船長をやっていて日本にいる事が少なかったので、母親は親父の実家である祖父母の本牧の三の谷と言う所にあった家にいたらしい。その後戦争になり、お袋は父方の先祖の友野与衛門と言う人の関係で静岡県の下土狩と言う所に疎開して終戦を迎えたらしい。詳しく書くと長くなるので簡単に説明すると親父の元の姓は友野と言って箱根用水を作った友野与衛門という人の子孫だが親戚で男の子がいない麻田という家がありそこへ養子に行った為、麻田姓となった。  

 僕は終戦の少し前、昭和19年12月25日に横浜の十全病院で生まれた。その病院は後に魯山人が亡くなった病院という事で有名らしく、今は確か名前が変わり横浜市大病院と呼ばれていると思うが、子供の頃市電で浦舟町というところを通ると古い建物が有って、あなたはここで生まれたのよ。とよく母親に言われたのを思い出す。  

 横浜港のすぐ近くにある海岸教会の長老で熱心なクリスチャンだった祖母は、僕がクリスマスに生まれた事をえらく喜んだらしい。そんな祖毋の影響もあったからか、僕は昭和19年当時としては珍しく病院で生まれたのだそうだ。 

写真:昭和49年発行 タカクラ・テル著「箱根用水」

[近況メモ]

2008/3/25 ジェフマルダーの自宅前にて

ジェフマルダーJapan Tour 5/29 〜6/15
詳しくはこちら http://www.toms-cabin.com/

2008/04/10 | Comments [2]

Comment

待望の自伝連載開始ですね。のっけから、あっと驚く歴史の重みにワクワクです。

Posted by : 岩崎千尋 | 2008/04/16

最近、あってないですね。オースティンのワズ・ノット・ワズの短い会話が最後ではないかと... いつも話してもらっている昔話がここで登場するんですな。嬉しい、嬉しい。

Posted by : hanasan | 2008/04/19

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