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初めての音楽体験は、、、

asada_piano.jpg その祖母は横浜の名門フェリス女学院の第一回卒業生で、夫である貿易商の祖父と二人で、若い頃はサンフランシスコで貿易商として暮らしていた。その後帰国してからは、日本人の女性としては初めてのオフィス・レディーとしてスタンダード石油会社の社長秘書をやっていたらしい。関東大震災の後仕事を辞めて、英文タイプや英語を教えたりしてらしい。

 その祖父母の子供達、つまり僕の叔母、叔父、父親、の兄弟達も両親に似て、上の兄はフォードへ就職し、姉は(これまたハイカラな事で知られていた)横浜の山手で植木会社を経営していた鈴木という家へ嫁ぎ、親父は日本郵船の船長と、まあいってみれば兄弟そろってかなりハイカラな暮らしをしていたようだ。

 祖父母の家には当時としてはめずらしくピアノがあり(西川ピアノ※)、その子供達である僕の叔父、叔母達は、みんなそのピアノを習い兄弟で賛美歌等を歌っていたらしい。ただ僕の親父だけはどういう訳か尺八が趣味で(僕も子供の頃尺八を試してみたが、首フリ3年とか言って音をきちっと出す事が難しかったのでやめた)落語が好きという人で、叔父叔母と同じように小児洗礼を受けたのにただ一人クリスチャンにならなかった。でも正月等に親戚が集まるとみんなで賛美歌を歌ったりしていた事を今でも覚えているから、僕にとっての最初の西洋音楽体験は賛美歌だったのだと思う。また僕はかなり小さい時から祖母にかわいがられていて、よく海岸教会へ連れて行かれた。当然そこでは賛美歌が歌われ、よくわからない僕も小さい頃は『慈しみ深きともなるイエスよ』とか、を歌っていたらしい。

 僕の記憶にはっきりある自身の音楽体験の最初は、やはり幼稚園でのお遊戯とお歌だ。父親の実家の本牧の家が空襲で焼けたので、僕ら家族は母親の実家だった保土ヶ谷へ移った。その少し後の4歳頃からの僕の記憶ははっきりしている。保土ヶ谷の霞台というところにあった霞台保育園で僕は初めて同世代の子供達みんなと一緒に歌を歌ったり,遊戯をしたりした。だから同年代の皆と一緒の音楽体験はこの保育園が初めてだった。

その幼稚園時代をへて小学校へ入学する訳だが、入学に会わせて僕の家族は保土ヶ谷から綱島に新しくできた船員住宅へ移る。船員住宅は船長、機関長と言った人達用の住宅だったのでほとんどの家にお父さんがいないといった不思議な環境だった。その当時はもう船を降りて地上勤務だった親父がなぜ船員住宅に入れたのか分からないが、その船員住宅と呼ばれた一群の建物は鉄筋コンクリート建てで屋根が平らなかなりモダンな建物だった。

 綱島は今でこそ東横線の急行もとまるベッドタウンだが、当時はかなりの田舎で僕が移り住んだ船員住宅は周りを田圃にかこまれていた。もう船を降りていた親父は今で言うDIYが好きで、『暮しの手帖』なんかを見て自分で机や椅子を作っていた。というのも船員住宅は当時にしては珍しく、確か畳の部屋が一部屋しか無く後は板張りの床だったので、リビングにはその親父が作った白いダイニング・テーブルが鎮座ましましていて、食事は椅子に座って食べた。僕の勉強机も親父の手作りだった。だから後になって運動部で正座をやらされて全く出来ずに随分しごかれた。

 多分その当時だんだんと綱島の人口が増えてきて、生徒数も増えてきたのが原因だと思うが、小学校は校舎が足りなくて確か以前は公民館だったところを分教場として使って1、2年生は2部授業だった。

 小学校時代の僕は今思うとあまりめだたない子供だったような気がするが,唯一注目を浴びたのが5年生のときに行われたマラソン大会で優勝した時だ。遊びに関しては、川での釣り、公園や山での陣地作り、防空壕での肝試し、また時々大雨で洪水になり田圃が池のようになると自分たちで筏を作って遊んだりとか、ほとんどが今で言うアウトドアでの遊びだった。高学年になって切手を集めだして渋谷にあった切手店に友人と二人で行くくらいが唯一室内でやる遊び?だった。

※西川ピアノ
随分前から祖父の家には西川のピアノがあって、西川は横浜にあったピアノを作っていた会社で、ヤマハより前にピアノを作っていた会社だと言う話を聞いたことがあった。30年前くらいに救世軍のバザーで西川のピアノを見つけこれは自分が買うしかないと思い、鍵盤も戻らないようなかなりくたびれたピアノだったが買う事にした。決して安くはなかったけどこれを直して、リタイアしたら若い美人のピアノの先生にピアノ習おうと思ったからだ。ピアノは5年くらい前にオーバーホールをして完全な状態にしてあるのだが(なんと買ったときに数倍ぐらいの費用がかかった)未だにリタイヤできずに美人の先生にも巡り会ってないのでレッスンはしていない。

写真:麻田家にある燭台付きの西川ピアノ。
「日本のピアノ100年—ピアノづくりに賭けた人々 」草思社 前間 孝則、岩野 裕一著


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[近況メモ]

3月のSXSWで見たアーティストで良かったのは何といってもワズ・ノット・ワズとUncle Earlのアビーウオッシュバーンとベラ・フレック(バンジョー)のThe Sparrow Quartetでしたが、僕のおすすめは、美人3姉妹がテキサス・フィドルを弾いてアンドリュー・シスターズみたいなコーラスで歌う、Queb Sistersです。

2008/04/25 | Comments [2]

Comment

素敵なピアノですね。
ピアノ弾きには、憧れます。

Posted by : 酩酊爺 | 2008/04/29

蝋燭つきとはロマンティック! 夜は蝋燭の炎の明かりで弾くにかな?

Posted by : may-mama | 2008/05/ 8

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