

―― 慶一さんのブログ(「我がメインテナンスの日々」)を読むと、深夜までレコーディングをして、朝5時に起きてサッカーへ行ってるじゃないですか。そこまで好きになれるのはなんででしょう?
まずサッカーのスケジュールを入れて、それから音楽の仕事も入れていくわけだよ。半分嘘だけど。でもこれをやらないと、極端な話、音楽ができない。オヤジ草サッカー選手はみんなそうだ。大きな声じゃ言えないけどね。家庭や仕事とのせめぎ合いさ。
〈Dolce Vita FC〉チームメイトでミュージシャンの遠藤賢司さんと一緒に
―― そうなんですか?
うん。90年代に入ってやっと趣味がいっぱいできた。それまでは、音楽が趣味だったけど、同時に仕事で、非常に矛盾を孕んだものだった。だから、俺のことを全く知らない人と一緒に何かやるっていうのが純粋な趣味なんだよ。サッカーはそこが心地いいんだよね。
―― ブログを読んでると毎週やってるんじゃないかというぐらいサッカーをしてますよね。
3日連続とかね。歳をとっていくと、自分の地位から傲慢と慢心みたいなものが生まれる。それがサッカーをやることによって、一切消えるわけだよ。ピッチ上にいたら一応「慶一さん」って言われるけど、緊迫した時は「慶一!」だし、ミスしたら「それダメ!」って言われるから。平等なわけだ。

鈴木氏愛用のスパイク
―― そういうのって、ムーンライダーズで集まったときに影響はありますか?
リーダーという意識がなくなって、A&R(制作責任者)になるね。〈ムーンライダーズ・レコーズ〉(ムーンライダーズが設立したレコード・レーベル)だから自社だし、そこで「なんで俺は時間を割いてこんなことをしてるんだ?」って腹が立たなくなる。これはサッカーのおかげだと思うんだよ。
―― サッカーが音楽活動に影響を与えている面も大きいと。
すごくある。もしくは人格に影響してる。円熟と諦観を排除するという意味でね。それに、スポーツの中でもサッカーは特に常に動いているわけだ。音楽活動においても動いていないと「パス」は来ないし、自分で動いて新しい音楽を探してないと、いいものが生まれないんだよ。

鈴木氏のユニフォーム・コレクション
(写真上)イラク代表(写真下・左)チベット代表
(写真下・右)高性能アンダーウェアskinsを使用中
―― 最近、ムーンライダーズも若手アーティストと一緒にライヴをやってるじゃないですか。そういうものと近い感覚ってありますか?
そうだね。サッカーでも若い奴と一緒にやるんだけど、若い奴はオヤジにうまく合わせたパスのスピードだったり、次の瞬間、若者同士だとスピードが上がったりする。そういうことが音楽のうえでも重要なんじゃないかって思う。たとえば対バンで、同じような年代の人たちとやったとしても、それは企画としてはちょっとシャッフル度が足りないかなと。
―― 去年曽我部恵一さんとアルバムを作ったのも、そういう考えがあったからですか?
傲慢で言うわけじゃないけど、10歳くらい違う人たちは、リスペクトの念がこちらが理解しやすい形で感じられる。その人たちはそれで100%オッケーだけど、そういう人たちとの付き合いが長かったので、20歳違う曽我部君だったら全く想像もつかない見方をしてくれるんじゃないかなって考えたね。
―― サッカーとバンドって集団で動く点で同じですが、共通点ってありますか?
たとえば演奏力がひとりだけ上手い奴がいても、それだけじゃ面白いバンドではない。たとえばムーンライダーズで言うと、武川(雅寛)と白井(良明)がめちゃくちゃ上手い。そこであのふたりの上手さをポイントにする。サッカーでいえば2トップ。「武川と白井がフォワードで行け」という感じだね。
所属チームその2:FC BOLD
1995年創立、現在およそ50名の登録選手を抱える大所帯チーム。世田谷サッカー協会登録のシニア・サッカー・チームであり、現在、40雀(OVER35)と50雀(OVER45)の2チーム体勢で各カテゴリの壮年大会に参加している。
1951年生まれ。1975年〈ムーンライダーズ〉を結成。以後、30年以上に渡り日本語ロックの草分け、そして代表として活動し続けている。ソロとしても、楽曲提供、CM音楽制作など、膨大な作品を残し、いまなお日本の音楽界に多大な影響を与えるミュージシャン。そして大のサッカー狂である。

2009/03/18 リリース ¥2,625 (TAX IN)
ムーンライダーズの歩みを紐解くアーカイヴ・シリーズ第4弾。日本のニュー・ウェーブを代表する名盤『カメラ=万年筆』リリース時のツアー広島公演(1980年10月11日)をほぼ完全収録。全曲が完全未発表音源で構成されている。
